神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「おっ、咲耶サマ。ちっと見ないうちに、女っぷりが下がったんじゃねーの?」
「──そこは嘘でも上がったって、言っときなさいよ、もうっ」

顔を見るなり告げられた軽口に、咲耶は犬朗の眉間あたりを指先ではじいてやった。

この一週間の絶食における血色具合は、握り飯の一つや二つで補えるほど、甘くはなかったようだ。
鏡を見ていないため判らないが、咲耶の肌つやは相当よくないと思われる。

(茜さんが前に言ってた通り、死にはしなくても肌には良くないんだ……ショック)

こんな状況下において、肌の状態も何もないが、一応男性(?)に分類されるだろう犬朗の指摘に、咲耶は溜息をつきながら腰を下ろした。

犬朗と合流した場所は、咲耶がこの世界──“陽ノ元”に初めて降り立った、あの小さな(やしろ)内だった。

道すがら、たぬ吉から聞かされたのは、限られた者しか存在を知らないこの場所で、今後のことを話すのが良いだろうと、“眷属”たちで話し合ったらしい。

咲耶としても、ひとまずは状況把握と問題の整理をつけたかったので、異存はなかった。

「つまり、尊臣とやらが咲耶サマを亡き者にしようとしてんのは、旦那のホントの名前が呼べない──“神力”が遣えない“花嫁”は、自分にとって利用価値がねぇからっつうコトなんだよな?」
「そんなの、ハク様と咲耶さまには、関係のないことじゃん! “花嫁”をなんだと思ってんのさ!」

犬朗の冷静な分析に対し、転々がガリガリガリーッと、板の間に爪を立てる。

「で、ですから、咲耶様がハク様に御名(みな)を伝えられるまで、じ、時間稼ぎをするってことで、いいんですよね?
あの……ボ、ボクらが咲耶様を“神獣の里”に、お連れするって、ことで」
「……だな?
けどよ、咲耶サマ。あんた、ホントにそれでいいのか?」

たぬ吉の言葉にうなずいて、犬朗は咲耶から受け取った“神獣ノ里”までの道のりが記された地図から、顔を上げた。
じっ……と、犬貴とよく似た、深い色合いのひとつの眼で、咲耶を見てくる。

「いいのかって……何が?」
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