神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
場にいた者たちが、そんな咲耶に対し口を開きかけた刹那(せつな)──突風が、三畳ほどの狭い板の間を吹き抜けた。
警戒する“眷属”たちにつられ、咲耶も身を構えたが。

「おそれながら、それは間違っておられます、……咲耶様」

室内に響く、落ち着きはらった声音。直後、声の持ち主以外みな、脱力した。

「犬貴!」

あらぬ方向に目を向け犬朗が叫ぶと、そこへ、すうっ……と、薄い煙のようなものが現れた。
やがてそれは、咲耶のよく知る黒い虎毛犬へと形を成す。

咲耶を前に、片ひざをつき、こうべをたれる存在。一番初めに、咲耶を“主”として認めてくれた“眷属”が、口を開いた。

「咲耶様。
お側に参じるのが遅くなり、申し訳ございません」

苦々しい口調は、律儀さの表れ。正す姿勢は、誠実な心を示す。
咲耶は、変わらない姿に、胸を熱くしながらひざをつめた。

「犬貴……! 良かった……。身体は大丈夫、だよね……?」

側に寄って顔を見れば、犬貴はどこか、疲れたような表情をしていた。
しかし、()然とした態度で、咲耶の心配を受け流す。

「もちろんでございますとも、咲耶様。
それより先程は、聞き捨てならぬことをおっしゃっていましたね? ハク様が、新しい“花嫁”を迎えたほうが良いのかも、と」
「それは……」

自身の迷う心から出た言葉は、当然ながら本心ではない。
あくまでも、客観的な立場からみればそうではないかという、可能性のひとつだ。

そして……この一週間、ハクコと共に過ごさずにいたこと。
最後に会ったハクコの瞳に自分が映らなかったこと。
それらが咲耶のなかで、ハクコとの間柄を、不安定な結びつきのように感じてしまう要因となっていた。

「咲耶様」

力のこもった眼と声で、犬貴が咲耶を見る。

「私が今、この場におりますのは、ハク様の御心(みこころ)をお伝えするためにございます。
あの方は今、愁月様のお屋敷に居られます。ですが、お身体がまだ、本調子ではないのです。
私は、そんなハク様を残し、ここへ……貴女様のもとへと参じました。
それは、ハク様が、こうおっしゃったからでございます。
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