神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
私がハク様の側にいても、できることなど何ひとつない。そうであれば、咲耶様のもとへ行き、咲耶様を護ることが、私の務めだと」

言って、犬貴が目を閉じた。ひと息つく。

「ハク様の“言伝(ことづて)”をお届け致します」

告げた犬貴の口から、直後、犬貴とは明らかに違う声色が、こぼれ落ちた。

『咲耶』

呼びかけてくる低い響きの声は、紛れもなくハクコのものだった。

『咲耶、お前の側に行けずに、すまない。
尊臣様が私に、新しい“花嫁”を迎えろと言っているようだが、もとより、私の“花嫁”はお前しかいない。
お前以外の者では、意味がない』

ハクコらしい物言いに咲耶は苦笑いを浮かべる。『声』だけにもかかわらず、すぐ側にハクコがいてくれるような気がして、不覚にも涙ぐむ。

『今は、この身が叶わぬが、じきにお前の側に行けるはずだ。……お前の居場所を探ることは私にとって容易(たやす)い。
先に犬貴をお前のもとへ送る。他の者と合わせ、お前の役に立つだろう。
──忘れるな。
私が欲しいのは名ではない。お前が私に与えてくれる、優しい彩りなのだ。
それが私にとって、ただひとつの、かけがえのない“証”なのだから』

犬貴の口が閉ざされ、代わりに伏せられていた目が開き、咲耶をふたたび捕えた。

「お分かりいただけましたか、咲耶様?
ハク様は不自由な御身でありながら、愁月様を通じ尊臣様に向けて、貴女様以外の“花嫁”はいらぬと拒絶なさっておいでなのです」

咲耶は、涙でにじんだ視界の向こうの犬貴を、驚いて見返した。

ハクコにとって愁月は育ての親で、尊臣はその愁月の上に立つ存在だ。
尊臣を『様づけ』し、愁月を『師』と仰ぐハクコが、二人に逆らってまでも咲耶を自分の“花嫁”と位置づける。
それが、何を意味するのか。

咲耶は、一瞬でもハクコの真意をいぶかしんだ自分を、恥じた。同時に、惑う心に終止符をうつ、決意をもらう。

「……犬貴。
さっきの話、まだ続きが、あるの」

指先でもって、目もとをぬぐう。言葉につまりながらも、咲耶は“眷属”たちに向かって微笑んだ。

「ハクコにも、あなた達にも、迷惑な話かもしれない。でも。
< 93 / 451 >

この作品をシェア

pagetop