神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
《九》闘十郎と犬朗
東の空が白み始めていた。
咲耶の脱獄に気づき、追捕の令が下されるのは、夜明けと同時くらいだろうというのが犬貴の読みだった。
いま咲耶は、常人では有り得ない速度で地を駆け、谷間を飛び越えていた。
正確には、咲耶の“影”に入った犬貴の『力』よって可能になったのであり、咲耶自身の身体能力が上がったわけではない。
つまり、犬貴に身体を操られてる状態なのだが。
地を蹴る足も、風の抵抗を受けるはずの目も、時折つかむ枝に触れる手も。
見えない防具におおわれているかのように、衝撃や抵抗が少なかった。
(だいぶ慣れてきた、かな……?)
あまりの速さに目を回しそうになったり、宙を跳ぶ浮遊感に恐怖を抱いたりもしたが、ようやく平常心を保てるようになった。
「──やっと叫ばなくなったな、咲耶サマ?」
咲耶と並走している犬朗が、ちょっと笑って声をかけてきた。咲耶は苦笑いで応える。
「ごめんね、うるさくて」
もともと絶叫系の乗り物が苦手な咲耶は、犬貴や犬朗に悪いと思いつつも、悲鳴のような声を張りあげてしまっていた。
すかさず、咲耶のなかの犬貴が言った。
『ご不快な思いをさせてしまい、申し訳ございません、咲耶様。
あちらに沢がございます。少しのどを潤わせてはいかがでしょう』
目を向ければ、木々の奥のほうで岩と岩の間に小さな水の流れが見える。
犬貴の言葉に甘え、沢のほとりに近づき、両手で岩清水をすくった。
「……あとどのくらいで着けそう?」
岩場に腰を下ろした犬朗に訊けば、そでのない袷の懐から犬朗が地図を取り出す。
「んー、やっと半分てとこか。
……けどさ、咲耶サマ。この地図だいぶあばうとなんだろ?」
犬朗の態度や物言いに、以前、咲耶が表現したのを本人は気に入ったらしく、時折こうして使ってくる。
「まぁ、茜さんによると「行けば自ずと分かるわ」っていう場所で出入り口も日によって違うらしいから……」
“神獣の里”は“神獣”と“花嫁”、そして、その“眷属”以外には開かれていない場所だそうだ。
咲耶の脱獄に気づき、追捕の令が下されるのは、夜明けと同時くらいだろうというのが犬貴の読みだった。
いま咲耶は、常人では有り得ない速度で地を駆け、谷間を飛び越えていた。
正確には、咲耶の“影”に入った犬貴の『力』よって可能になったのであり、咲耶自身の身体能力が上がったわけではない。
つまり、犬貴に身体を操られてる状態なのだが。
地を蹴る足も、風の抵抗を受けるはずの目も、時折つかむ枝に触れる手も。
見えない防具におおわれているかのように、衝撃や抵抗が少なかった。
(だいぶ慣れてきた、かな……?)
あまりの速さに目を回しそうになったり、宙を跳ぶ浮遊感に恐怖を抱いたりもしたが、ようやく平常心を保てるようになった。
「──やっと叫ばなくなったな、咲耶サマ?」
咲耶と並走している犬朗が、ちょっと笑って声をかけてきた。咲耶は苦笑いで応える。
「ごめんね、うるさくて」
もともと絶叫系の乗り物が苦手な咲耶は、犬貴や犬朗に悪いと思いつつも、悲鳴のような声を張りあげてしまっていた。
すかさず、咲耶のなかの犬貴が言った。
『ご不快な思いをさせてしまい、申し訳ございません、咲耶様。
あちらに沢がございます。少しのどを潤わせてはいかがでしょう』
目を向ければ、木々の奥のほうで岩と岩の間に小さな水の流れが見える。
犬貴の言葉に甘え、沢のほとりに近づき、両手で岩清水をすくった。
「……あとどのくらいで着けそう?」
岩場に腰を下ろした犬朗に訊けば、そでのない袷の懐から犬朗が地図を取り出す。
「んー、やっと半分てとこか。
……けどさ、咲耶サマ。この地図だいぶあばうとなんだろ?」
犬朗の態度や物言いに、以前、咲耶が表現したのを本人は気に入ったらしく、時折こうして使ってくる。
「まぁ、茜さんによると「行けば自ずと分かるわ」っていう場所で出入り口も日によって違うらしいから……」
“神獣の里”は“神獣”と“花嫁”、そして、その“眷属”以外には開かれていない場所だそうだ。