神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
秘密保持のためというのが一番の要因らしいが、“神獣”である茜自身ですらここ十数年、里帰りしていないせいもあり、正確な位置は分からないようだった。

「なん箇所か、入り口の目星はつくけど……日によって変わるし、あえて変えてるのよ。
一応、“結界”もほどこされてはいるけど“術者”によっては破れるしね。
“治外法権”とはいえ、時の権力者から、無用な干渉を受けないための措置ってワケ」

“神獣の里”は、本来、地図上には表せない場所にあるという。
それを地図にしたためたのは、おおよその位置関係を口頭で伝えるよりはマシ、という茜の判断だ。

犬朗いわく『あばうと』な地図においても、咲耶の足で向かうには道のりは険しく、ゆえに強行軍だとしても三日はかかる距離だった。

物見遊山ならともかく、いまは追われる身の咲耶だ。
そんな悠長に時間をかけられるはずもなく、こうして犬貴に“影”に入ってもらっていた。

ふいに咲耶は、自身がまとう真新しい衣のそでを見やる。
一週間も同じ物を着ていた咲耶を憂い、椿が犬朗に託してくれたものだった。

咲耶が逃亡者となると“花子”の椿に迷惑がかかるのでは? との心配は、犬貴に一蹴された。

「“花子”は使用人ですから“主”が居なければ、用を為しません。役目を解かれるのみです」

冷たいようにも聞こえるが、ようは、害は及ばないのだから心配するなということだろう。

考えてみれば、犬貴は咲耶よりも椿との付き合いが長い。今回のことで何も思わないはずもなく、咲耶はそれ以上の追及をしなかった。

「……そろそろ行くか。タンタン達が(おとり)になってくれているうちに」

犬朗の言葉を合図に、咲耶の内側(・・)にいる犬貴が反応する。
咲耶はなるべく犬貴の妨げにならないよう、身体から力を抜いた。

タンタンことたぬ吉は、転々と共に咲耶たちより遅れて山道を歩き、追捕の者らを引き寄せる手はずになっていた──咲耶が着ていた水干と筒袴をまとい、咲耶に“変化”して。
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