神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「……咲耶サマより美人じゃね?」
という犬朗の正直な感想に、
「遠目から見れば違いは判らないだろう。咲耶様のご容姿を知らぬ者が見れば、十分通用するはずだ」

と、犬貴が肯定するのを聞き、複雑な心境になる咲耶に対し、転々がだめ押しをした。

「咲耶さま、女は愛嬌(あいきょう)ですよ! 第一ハク様はそんなこと気にする御方じゃありませんからねっ?」
「あ、あの……ボクから見える咲耶様は、こういった感じなんですが……に、似てない、です、か……?」

本物の咲耶を、かなり贔屓目(ひいきめ)で修正してくれ咲耶もどき(・・・・・)になった たぬ吉に泣きそうに問われ、咲耶は懸命に慰めたものだった……。

(タンタン……転々……)

つかの間、後ろ髪を引かれた咲耶に、同化している犬貴が気づかぬはずもなかった。

『咲耶様。彼らなら、大丈夫です。
なにしろ、ハク様が咲耶様のために、探しだした者たちなのですから』

気休めの言い方ではない、犬貴の誠実な言葉。続いて犬朗が、いつもの調子で同意する。

「そーそー。旦那の意に適ったんだからな、信頼してやらなきゃ。
俺からすりゃ、むしろタンタン達くらいの力量のほうが、引き際をわきまえて、る、から……──」

不自然にきられる語句。直後の舌打ち。

「……気づいたか、犬貴」
『ああ。おそらく、コク様の“眷属”だろう』
「なんじゃ、そりゃ。同士討ち(・・・・)させる気なのかよ、尊臣ってのは」

憤然と言いきる犬朗に、咲耶のなか(・・)の犬貴が息をつく。

『……我らの“主”様と、()の方々は、“役割”が違うのだ。仕方あるまい』

ふたりの話の様子と緊迫感に、咲耶もただ事ではない事態だと否応なしに気づかされた。

「追っ手は……闘十郎さん、たち、なの……?」

嫌な鼓動を打ち始める心臓をごまかすように、咲耶は確認をする。
かたい声で、犬貴が肯定した。

『左様にございます。斥候(せっこう)でしょうが、気配を察知いたしました。──咲耶様、参ります!』

言うが早いか、咲耶の身体が岩場を跳躍した。犬朗が、あとに続く。
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