神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「くっそ……雲がねぇな……。()べるか……? いや……犬貴! 引き寄せて(・・・・・)くれ!」
『──まったく、貴様は昔から……』

風を切って、宙を舞い、地を駆って行く。

そんななか、舌をかまないようにぐっと奥歯をかみしめる咲耶をよそに、犬朗と犬貴が、ふたりだけにしか通じない会話をする。

宙を高く舞った咲耶の片腕が上がり、虚空を二度三度、円を描くように動いた──一陣の、風が吹く。

陽が昇り光射す薄紅色の空に、風に流されてきた雲が、頭上に広がった。みるみるうちに雷雲が発生する。

「ありがとよ、犬貴。
──“鳴神(なるかみ)招来(しょうらい)ッ”!」

天に向けて、犬朗の左前足が上がる。
器用に広がった指先へ、雷撃がひらめく──落雷を受けた犬朗の姿に、咲耶は驚き悲鳴をあげかけた。

『ご心配には及びません、咲耶様。
犬朗は自ら帯電し、それを自由に操る能力(ちから)をもっているのでございます』

「そうなんだ? ……びっくりした……」

犬貴の説明に、ホッとした咲耶の足が、ふたたび地を踏む。

同時に着地した犬朗と、走りだすか、否か。
咲耶たちの行く手を阻むように、黒い物体が木立の間を抜け、降り立った。

───漆黒のざんばら髪からのぞく人懐っこい瞳に、わずかに哀しみをにじませて。黒虎・闘十郎が、咲耶たちの前に立ちはだかる。

「これより先は、通さぬよ、咲耶」

おおげさに両腕を水平に上げ、闘十郎は言った。

少年の容姿で老齢な心をもつその本性は『黒い神の獣』。
漆黒の道着の肩には、金と銀の刺しゅうが炎を思わす紋様を描いている。

「……つーか、いきなり御大登場って、あり得なくねぇか? お宅の“眷属”ナニしてんの?」

軽口をたたきながらも、すきのないしぐさで犬朗が咲耶をかばうように、闘十郎との間に立つ。
闘十郎は、あっけらかんと笑ってみせた。
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