あの夏のはなし。
茹だるような暑さ。
真っ青な空。でっかいわたあめみたいな入道雲。ゆらゆらと立ち上る陽炎によって、遠く見える山が波打ったように見える。

麦茶の中の溶けかけの氷がからんと鳴った。
陽の光が反射して、きらきら光っているコップについた水滴がつーっとつたって縁側の床に落ち、小さな水たまりを作る。

奥の部屋から、古い扇風機の羽根が回る音が聞こえていた。
その扇風機の風は多分、部屋を巡っているはずなのに一向に空気が冷える様子はなくて、ベタベタと張り付く長い髪がうっとおしい。
もういい加減バッサリいっちゃおうかなぁ。

「あんた、夏休みだからって家でぼーっとしてないで、ちょっとくらいじいちゃん手伝ってきたらどうなの!」

うげ、うるさいのが来た。

じいちゃんはおっきな麦わら帽子を被って、汗でぐっしょり濡れているタオルを首に巻き、畑できびきび働いている。
時折、あたしが座っている縁側に目を向けては人の良さそうなくしゃっとした笑顔で大きく手を振ってくれる。
あたしはじいちゃんに緩く手を振り返しながら、背後で仁王立ちしているであろうママに答える。

「えー、なんであたし?こんなにあっついのに…そんなにじいちゃんが心配ならママが手伝ってくればいいじゃん。」

今年の春、じいちゃんは一度腰を痛めている。
幸い大事には至らなかったけれど、いつでもピンとまっすぐに伸びていたじいちゃんの背中は、少しだけ曲がってしまった。
あたしはそれがちょっとだけ悲しくて、ちょっとだけ寂しいと思った。

「ママは今お料理で忙しいの!」

亡くなったばあちゃんが使っていた葵色のエプロンをあたしに見せつけながら、自分がいかに忙しいかをアピールする。
お料理で忙しいならわざわざあたしに文句をつけに来なくてもいいのに。

しかしいくらママが忙しくても、あたしはこの照りつける日差しの中でじいちゃんと一緒に汗ぐっしょりになる気はないのである。
じいちゃんのことは好きだけど、それとこれとは別問題だし。

「あー、あたしちょっとその辺散歩してくるから!」

本当はこの息苦しい暑さの中外に出るなんて冗談じゃないと思ったけど、このままここにいたら本当にじいちゃんと二人で畑仕事コースまっしぐらだ。
それだけは勘弁して欲しい。
あたしは花も恥じらう女子高生なのだ。
折角の長期休みにわざわざ汗だくで働くなんて乙女のすることじゃない(はず)。

じいちゃんのほど大きくない自分の麦わら帽子を引っ掴み玄関へパタパタと小走りで向かう。
一番近くにあったつっかけサンダルを履いて、立て付けの悪い玄関の戸を開けた。
後ろからのママのお夕飯までには帰ってきなさいよーという声と、じいちゃんの気をつけんといけんぞーという声を聞きながら、舗装もされていない田舎の道を走り出した。
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