愛してるからこそ手放す恋もある
小会議室へ入ると菱野部長からは「忙しいのに悪いね?」と労いの言葉をもらう。

「いえ…」

何だろう…
何か問題でもあった…?

「あの…何か問題でも?」

「いや、問題と言うほどの事は…いや、問題かな?」

菱野部長は何だか歯切れの悪い言い方をする。

「近々アメリカ本社から視察に来る事は君も知ってるかな?」

日本本社(ここ)は10年前、アメリカ本社に買収されたらしい。だが、ここ数年業績の悪い日本本社(ここ)を切り捨てにくるとか、リストラに来るとか噂があり、社員達の間に動揺が有るのは確かだ。

「はい。噂は聞いてます」

「うん。色々噂が飛んでるよね?」

「それで、君に彼の世話を頼みたい」

彼?
アメリカ本社から来るのは男の人?

「あの…世話と言うことは秘書と言うことですか?それなら、秘書課の誰かを…?」

「上層部は今回の話を良く思ってなくてね?」

そりゃーそうだろう…
切り捨てに来るかもしれないのに喜んでは居られないだろう…?

もし、アメリカ本社が、日本本社(ここ)を切り捨てるとしたら、日本本社(ここ)の社員だけじゃなく、各支社に勤める社員全てが路頭に迷う事になる。

「今回の視察は2週間の予定だが、そのままCOOとして暫く日本本社(ここ)に残ると思う。それで会社の息のかかった者では困るんだよ!色々邪魔されるかも知れないからね?」

「息のかかった者って…私も日本本社(ここ)の社員ですけど?」

「そうだけど、でも、君なら大丈夫だと思ってね?」

「あの…菱野部長はどうしてそこまでその人の事を」

「今回本社から来る人間は、小野田浩司って言ってね、元々はこの会社にいた私の元同僚で、親友でもあるんだ」

「部長の元同僚…?」

「結構…いや、随分頭の切りる男で、あの男ならこの会社を必ず救ってくれると思う」

菱野部長は前任の木村部長が定年退職されて、34歳という若さで監理部部長に就任された。噂によるとこの人事にはアメリカ本社の意向があったと聞いたことがある。勿論、この人も出来る人なのだろう。




< 30 / 133 >

この作品をシェア

pagetop