愛してるからこそ手放す恋もある



小野田さんは私の出したお茶を一口飲み「残念です」と言った。

「あなたのお父様のつくる茶葉は素晴らしい物です。その茶葉を世界の方に知ってもらいたいと私も思います。ですが、このお茶ではない…」

「どういうことですか!?今日お持ちした茶葉は田附園の中でも最高級のお茶です!不味いと仰るなら、煎れかたが悪いのでは?」

ボスからは田附園さんのアポを受ける際、田附園さんの中で一番良い茶葉を持参して欲しいとお願いする様に言われていた。そして持参してもらったその茶葉を使って私はお茶を煎れたのだ。

「では飲み比べてみてください」

ボスは私に目配せをした。
それを確認して私はお客様の前でふたつのお茶を煎れた。

田附園の茶葉は今は機械化されてるらしいが、昔からの馴染みのお客様には、今も先代社長が手揉みしたものを分けてくださっている。
私の家もその中のひとつだ。
そして今回、私は実家からその茶葉を持って来ていた。

「これは…」

同じ茶葉でも、手揉みと機械で揉んだのとは随分違う。そして手揉みでも揉む人によってもぜんぜん味が変わってくる。田附園の先代社長の揉んだ茶葉はそれはそれは香りも、甘味も良く、私の父もとても大好きなお茶だった。

「田附社長お分かりいただけましたか?今の田附園の茶葉も悪くはない。ですが、私の欲しい茶葉ではない。新しい事を取り入れるのも大事だと思いますが、諸先輩の教えにも耳を傾けてみてはいかがですか?まだまだお父上はご健在なのですから?」

小野田さんは付き添ってみえた年配の方へにっこり笑った。

「分かっていらしたんですか?」田附社長に付き添っていらした方は驚いていた。

「いえ、ただうちの秘書が日本茶に和菓子ではなく、ホワイトチョを出し、貴方がそれに手をつけられたものですから…」

「ただ、それだけで父だと?でも、秘書の方はどうして父がホワイトチョコが好きだと?」田附社長は不思議そうに聞く。

昔、亡くなった父から聞いたことがあった。田附園の社長は日本茶にホワイトチョコが意外と合うと言って好んで食べて居たと。

「お顔は存じ上げ無かったのですが、田附社長を見守るお姿が秘書やお店の従業員の方とは違うような気がしまして…」

「小野田さんは素晴らしい秘書をおもちですな?是非ともうちへ嫁に来ていただきたい」と、田附園先代社長は笑って言った。

え?
お嫁さん?
でも跡継ぎが産めないと知ったら…
きっと嫁に来て欲しいなどと言わないだろう…

「ありがとうございます。ですが、私も手離すつもりは有りませんので!」と、小野田さんも笑っていた。




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