副社長は花嫁教育にご執心
私はこれ以上の議論を重ねるのがなんだか面倒になり、とりあえずこの場では折れることにした。
明日になったら“家族に反対された”って言って、断ってしまえばいいんだ。
「……わかりました。これから家に帰って相談して、明日にはご報告します」
「それでいい。……ああ、もうこんな時間か。送って行ったほうがいいか?」
男性らしいごつめのシルバーの腕時計に目をやって、支配人が言う。
「結構です。近いし自転車ですもん」
「そうか、助かる。なにせ、これから補修のやり直しだからな。しかし、外は寒いし夜道にはくれぐれも気をつけろよ」
補修のやり直し……嫌味だ、絶対。
「平気ですよ。女子力は最低だから」
「根に持つなよ。言い方を変えれば、お前には伸びしろしかないってことだ」
励ますように肩を叩かれたけど、馬鹿にされてるようにしか思えない。
私はむくれたままぷいっと踵を返した。
あーあ、早く帰ろ。“家族”に報告しなきゃならないし。
従業員用の通用口から外に出て、駐輪場の自転車に跨った。
外の気温は低く、鼻の頭が冷たくなるけれど、お風呂で温まったのと支配人に腹が立っているので、寒く感じることはなかった。