副社長は花嫁教育にご執心
勢いよく頭を下げた私に、何を言っているんだという風に目を丸くする料理長。
私は正直にことの経緯を説明し、みるみる顔色が変わり愕然とする料理長の表情を見ていた。
ごめんなさい……ごめんなさい。そればかりが、頭の中をぐるぐる回る。
「……わかった。今から全部やり直す。大勢の宴会ならお手上げだが、たった二人分なら何とかなるだろう。しかし、それまではお前が時間をつなげよ」
「はい! ありがとうございます! すみません!」
泣きそうな顔でバックヤードを飛び出していく私を、久美ちゃんやパートさんが“何事かしら”という顔で見ていた。
ああもう、なんでこんなことに……。でも、もしも気づかずにカニのお寿司や味噌汁が出されていたら、金婚式が、それこそ台無しになるところだった。
気が付いただけマシ……そうでも思わないと。
なんとか自分を叱咤しながら個室までの廊下を急いで走っていたとき、目の前を見慣れたスーツ姿の男性が歩いていることに気付いた。
その背中が目指しているのはどうやら黒川ご夫妻の宴会場で、もしかしたら支配人として挨拶をしに行くのかも、と見当がつく。
だったら、このことも一応彼の耳に入れておきたい……。