副社長は花嫁教育にご執心


「灯也さん……!」

私は急いで彼を追い越して、肩で息をしながらスーツ姿の長身を見上げる。

「どうしたんだ。そんなに急いで」

「あの……実は、最後の、お料理の……お寿司が……」

急いでいるため、宴会伝票の書き変えのことは割愛し、とにかく黒川会長の奥様の甲殻類アレルギーを失念していたためお寿司がダメになり、現在作り直してもらっていることを説明した。

それから、自分の迂闊さでミスが発生したことを、ご夫妻に謝罪するつもりでいることも。

しかし、灯也さんの返した言葉は予想外のものだった。

「まつり、そういうことは馬鹿正直に言えばいいってもんじゃない。お前はスッキリするかもしれないが、ご夫妻は気を悪くされるだろう。せっかくの金婚式に水を差すことになる」

「でも……黙ってるのも、なんか」

「椿庵の料理長の腕は確かだ。作り直しと言っても、そこまで時間がかかるとも思えない。だったら、その待ち時間が不自然にならないよう、俺が時間を稼いでやるよ」

「え……?」

時間を稼ぐって、どうやって……?

「いいから、まつりは椿庵に戻って料理長を手伝え。できるだけ早く料理が出せるように」

「は、はいっ!」


< 107 / 246 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop