副社長は花嫁教育にご執心


灯也さんの頼もしい眼差しに送り出され、私は椿庵にとんぼ返りした。

緊迫した状況は変わらないけれど、泣きそうな気持は引っ込んでいた。

灯也さんはきっとうまくやってくれる。なぜだかそんな、絶対の安心感があったからだ。

「ほら、できたぞ、宴会担当」

そして、料理長の方も灯也さんが言った通り、さすがの腕だった。

十分ほどで、先ほどの握りずしとは全く違う、お祝い事にぴったりな美しい手毬寿司が完成した。味噌汁にかわって、透んだ色のお吸い物も出てきた。

「短い時間でこんなにも素敵なもの……ありがとうございました! すぐに持っていきます!」

「ああ。後で、感想聞くの忘れんなよ」

「はいっ!」

ありがとう、料理長……。あとで、改めて謝りに行かなくちゃ。

料理をもって、再び個室へと急ぐ。そうして部屋の前まで来て、ふすまをトントンとノックした時だった。

「……あれ? 誰か、歌ってる……?」

中から漏れてきた音楽に、ぴたりと動きを止める。

しっとりとしたピアノの伴奏に、ムーディーなベース音。そして、聞こえてきた男性の美声。も、もしかして、歌っているのって……。


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