副社長は花嫁教育にご執心
マリッジブルー?
東京の真ん中にあり、“都心のオアシス”だなんて言われているスパリゾート施設【Crystal Ocean】。そこから自転車でたったの五分でたどりつける自宅は、都会の華やかさとは無縁の、日当たりの悪い安アパートだ。
自転車を停め、外階段をのぼって二階の奥から三番目の部屋に向かう。部屋の中はすでに明るく、玄関の鍵も開いていた。
「ただい……」
言いかけた瞬間、部屋の中から耳をつんざく甲高い女性の声が。
「どーして二十五のお姉さんの面倒を遊くんが見なきゃならないの!? もう大人でしょ!? ひとり暮らししてもらえばいいだけじゃん!」
嫌でも聞こえてきた激しい訴えに、私はドアを半開きにしたまま固まる。
えっと……もしかして、私の話をしてる……?
遊くんというのは、一緒に暮らしている弟の遊太(ゆうた)のことだろう。ということは、一緒にいるのは彼女かなにか……?
「いや、そうなんだけど……姉さん、料理も洗濯もできないから心配だし……」
「私とお姉さん、どっちが大事なの?」
「そりゃ菜々(なな)ちゃんだよ。でも……」
「だったら結婚の話、ちゃんと前に進めてよ! プロポーズしてくれたの遊くんなのに、半年も放置なんておかしいよ!」
な、なに? プロポーズ? 遊太が?
私、何も知らないんだけど……。