副社長は花嫁教育にご執心
「……昼間からのろけるねえ。じゃあベッドの上の支配人もすごいんだ」
「や、やだ久美ちゃん、お姉さま方みたいなこと言わないでよ~」
あはは、と愛想笑いで誤魔化したのは、恥ずかしい話題だったからというだけでなく、実は“ベッドの上”のことがまだ未経験なのだと、なんとなく悟られたくなかった。
「ごめんごめん。でも、あんまり浮かれ過ぎないようにね?」
久美ちゃんの忠告に神妙に頷く。この間から胸に巣くう疑心暗鬼が、今日はまた少し大きくなる出来事があったのだ。
「そうだね……さっきも変なミスあったしな」
「ああ、トマトジュースね」
久美ちゃんも思い出したのか、顔をしかめて言った。
お客様に「氷を入れないで」と頼まれていたトマトジュース。ハンディではそういう細かな要望も打ち込めるようになっていて、私は【トマトジュース】と【氷ナシ】という項目をきちんと入力したつもりだった。
しかし、出てきたのは通常の氷アリバージョン。今日のデシャップは久美ちゃんだったのだけど、伝票の記載は【トマトジュース】のみだったのだという。
さらに提供したのが私でなかったため、そのままお客様の手に渡ってしまった。
優しい老婦人だったため『いいのよ』と言ってもらえたけど、私としてはモヤモヤが拭えなかった。