副社長は花嫁教育にご執心
「結婚してるって聞いて、めちゃくちゃショックだった。もっと早くに戻ってくればよかったって、後悔した」
「佐助……」
そんな気持ちだったなんて、知らなかったよ。あのとき、平気な顔で『おめでとう』なんて言ってくれるから……。
「今のダンナがどんな奴か知らないけど、許されることなら、お前を奪いたい」
少し身体を離した彼が、切実な瞳をして願う。
いつも隣で笑っていた男友達の、見たことのない悲痛な表情に、胸が苦しくなる。
……私も、佐助のことは好きだよ。でも、それは彼の言う「好き」とはきっと違う。
私のこの胸が、その姿を見るだけで、彼からの言葉一つで、あたたかい視線で。痛くなるほどに締め付けられる相手はただ一人……灯也さんだけだ。
だから……このまま昔のように、彼の前で泣いていてはダメなんだ。
私が胸を貸してもらう相手は、きちんと他にいるのだから。私はそうっと彼の腕をほどき、コートの袖で涙を押さえる。
「佐助……ごめんなさい。私、あなたの気持ちには、応えられない」
きっぱりと、目を見て告げた。冷たい夜風が涙の跡を撫でる。
少しの沈黙のあと、佐助はわかっていたという風に寂しげに微笑み、小さく頷いた。