副社長は花嫁教育にご執心


「こんなこと、他人の私が言うのもどうかなって悩んだんですけど、昨日の帰り、とんでもないものを見ちゃって……」

藤田久美は、口元に手を当てながら、小さく震えている。。

「とんでもないもの?」

「はい。……まつりちゃんが、男の人と抱き合って、泣いているところです」

俺は耳を疑った。あのまつりが、俺以外の男と? そんなこと、あるはずがないだろう。

にわかに信じられず、俺は藤田久美に聞き返した。

「……まさか。見間違えじゃないのか?」

「はい。だってその男の人、昼間椿庵に来たお客さんだったんです。その時もまつりちゃんと親し気に話していたので、ロッカー室で一緒になった時にそれとなく聞いたら、“支配人には内緒だけど、初恋の人なんだ”って、うれしそうにしてて……」

まつりの、初恋……? 本人や弟さんから聞いた限りでは、そんな人物の存在を感じたことはない。

過去のまつりは恋愛のことに鈍くて彼氏はおらず、いたとしてもせいぜい男友達くらいだったはず……。

そこまで考えて、“男友達”という言葉に、自分自身で引っかかった。


< 170 / 246 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop