副社長は花嫁教育にご執心


「ねえ、お兄さんひとりなの?」

カウンターでひたすら酒をあおっていた俺に、二、三歳年上と思しき女が声を掛けてきた。

時代遅れのソバージュ、きつい香水の香り、濃すぎるメイク、体のラインを強調するタイトなワンピース。

なんか異様にバブリーな女だな……全然好みじゃない。俺は虚ろな瞳でそんなことを思うのと同時に、無性にまつりに会いたくなった。

しかし、彼女の方はそうじゃない。初恋の相手を想って、俺のことなんて――。

「……結婚してますから」

とりあえずそう言っておけばバブリー女も引き下がるかと、俺は軽くあしらう。

「奥さんに不満とかない? 私ね、料理に自信があるの。きっとあなたの好きなものだって作ってあげられる」

しかし女はめげずに腕を組んできて、ふくよかな胸をぎゅむぎゅむと押し付けてきた。

自分の魅力に自信があって、おまけに料理も得意、か。それは素晴らしいことだが、俺がそそられることはない。

俺の心が求めるのは、料理も化粧も苦手で、けれど日ごとに可愛く、きれいになり、一所懸命にキッチンに立つ嫁だけだ。

女のしつこさに心底げんなりしていたその時、カウンターに置いていた俺のスマホが短い音を立て、まつりからのメッセージを画面に表示した。


< 177 / 246 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop