副社長は花嫁教育にご執心
目の前のテーブルには、同僚の板前さんが作ってくれたまかないのカツ丼がある。女子力に難のある私は、SNS映えするより元気の出そうなガッツリメニューが大好きなのだ。
「いただきます」
小声で呟いて、割り箸を割ったその時、背にしていたドアが開く音がした。
ああ、時間的にホールのお客さんもまばらになってきたし、誰かもう一人休憩にきたんだ……。
単純にそう思って、私は振り向かずにいたのだけど。
「なんだ、元気そうだな」
えっ。
予想とは違う、けれど朝からずっと考えていた人物の声がして、私はぎょっとして後ろを向いた。
「し、支配人……」
落ち着いた濃紺のスーツに身を包んだ彼は、そっけない無表情をしているにもかかわらず、人を引き付けるオーラみたいなものを醸し出している。
そうでなくても今日は彼のことを意識しまくりだったので、私の鼓動は一気に速くなった。
「時間が空いたから、仕事ぶりでも見てやろうと思ったのに、休憩に入ったって聞かされたから様子を見に来たんだ。ぼーっとして上の空だって聞いたけど、カツ丼が食えるなら大したことなさそうだな」