副社長は花嫁教育にご執心
張り詰めた緊張感の中ようやくたどり着いたドアの前。ごくっと唾を飲み勇気を出してノブをつかもうとしたそのとき。中から、聞き覚えのある女性の声が聞こえてきた。
「だから昨日言ってやったんですよ。支配人の奥様ってば、初恋の彼が椿庵に来るなりずっと話し込んでるものだから仕事にならなくて、困ったんですぅって」
“支配人の、奥様……”
明らかに聞き捨てならないワード。
そして話し手の声は、これからまさに戦いを挑もうとしていた相手―――久美ちゃんのもの。
私はドアを開けるのを一旦やめて、そのまま耳を澄ませた。
「しかもあの子、自分が仕事終わる時間まで彼のこと待たせて、泣きながら感動の再会って感じに抱き合ってたんですよって言っておきました。親切ですよねぇ私って」
……ああ、やっぱり、そうだったんだ。本人に確かめるまでもなく、私は確信した。
灯也さんに、佐助のことを変な風に話したのは、あなただったんだね。久美ちゃん。
「やるねえ藤田ちゃん。で、その後は?」
部屋の中からは、もう一人の別の同僚の声がした。この声はたぶん……天ぷら御膳二十人前をスルーしたときデシャップをしていたパートさんだ。
きっと。あの時も二人はきっとぐるだったんだ。頭の中でパズルのピースがハマるように、今までの不可解な謎に答えが出る。
ドアの向こうの久美ちゃんは、別人のような話し方でさらに続けた。