副社長は花嫁教育にご執心
――綾子さんは、とても強いひとだった。
黒川会長に呼び出されてホテルに到着し、夫の密会現場を目の当たりにするなり、それはそれは冷酷な微笑を浮かべながらスマホのカメラを起動させ、証拠をバッチリ押さえた。
それが済むと、冷たく美しい微笑みでふたりのテーブルに近づいていき、丸い顔を真っ青にして金魚みたいに口をパクパクさせる旦那様と、先ほどの会話を交わしたのである。
キンキラキン好きのボディコン美女はすたこら逃げ、今は私と黒川会長、そして一般客の野次馬が見守るなか、三井さんが綾子さんに土下座をしているところだ。
綾子さんが自分で撮った写真を雑誌に載せる前に、SNSではすでにこの様子が拡散されているかもしれない。
「気の毒……でもないな。彼が自分で蒔いた種だ」
やれやれといった調子で、黒川会長がこぼす。
「ですね……」
「しかし、これで設楽くんのことが記事になることはないな。まつりさんは設楽くんにいい報告ができるじゃないか。そうだ、帰ったらきっと体力を使うことになるから、何か食べなさい。精をつけないと」
「体力を使う……?」
それに、精をつけないとって……?
キョトンとする私に、黒川会長は本日三度目のお茶目なウインクを投げた。