副社長は花嫁教育にご執心


「……お待たせしました」

愛想なく言った私は、彼の向かい側のソファにどかっと腰を下ろして、正面から彼を睨みつけた。

しかし支配人は、組んだ足を崩すことすらなく冷たい調子で話し出す。

「威勢よくやってきた、ということは、まだ自分の過ちに気付いていないらしいな」

「過ち? 労働の後お風呂に入るのは、従業員の権利ですよね?」

「俺はその行為自体を責めてるんじゃない。今夜がダメだったというだけだ」

「えっ……?」

どういうこと……? そういえば、いつもは他の従業員がちらほらいるはずのお風呂に、今夜は私一人だったけど。

「もう一度、大浴場の入り口の自動扉を見て来い」

エラそうに顎で指図され、ムッとしながらも立ち上がった。

別に、入り口に変わったところなんてなかったはずだよね? 何もなければ、今度はこっちから反撃してやるんだから。

鼻息を荒くしながらずんずん向かっていった大浴場の入り口。その自動ドアには、見慣れない張り紙がしてあった。

あれ? さっきはこんなのあったっけ……。

すぐさま書かれた文字を目で追った私は、血の気がさぁっと引いていくのを感じた。

【閉店後、明日朝の雑誌撮影に備え一部タイルを補修する箇所があるため、大浴場の使用は禁止します。従業員の皆様には申し訳ありませんが、今夜の入浴はご遠慮ください。 支配人 設楽】


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