副社長は花嫁教育にご執心
「え……天ぷら御膳、二十人前?」
【椿庵】のホールの裏側、いわゆるバックヤードと呼ばれる場所で、私は目が点になった。
厨房から上がった料理を乗せる、デシャップカウンターの上に、見たことないほど大量の天ぷら御膳が並んでいるからである。
「だってそう書いてある伝票出てきたわよ? あなたの名前で」
冷たく言い放つのは、デシャップをしていた五十代の古株パートさん。
デシャップとは、入ったオーダーを口頭で厨房に伝え、厨房から上がってきた料理をホールに出す前に最終チェックする仕事。
厨房とホールをつなぐ重要な仕事のため社員が務めることが多いけれど、ベテランのパートさんに任せることもある。
今日のパートさんは特に社員に劣らぬスキルがある有能な人で、彼女が言うのなら、伝票を打った人間のミスの可能性が高いかもしれない。でも、私は天ぷら御膳のオーダー自体、今日はまだ受けた記憶がない。
「卓番どこですか?」
「二十五卓」
「……そこ、私行ってないけどな」
オーダーを打ち込むハンディという機械を手に、首を捻る。
私だって新人じゃないんだから、どんなに忙しくたって、自分がオーダーを取ったテーブルやお客様の顔くらいは覚えている。
なのに、私の名前で伝票が出ている……一体どうしてよ。