副社長は花嫁教育にご執心
仕事を再開しつつも腑に落ちないものを感じていると、そばに久美ちゃんがやってきてこそっと耳打ちした。
「さっきの天ぷら御膳、事務所とフロントの皆さんにでも食べてもらったら? ちょうど二十人くらいじゃなかったっけ?」
「そっか……無駄になるよりはいいよね。久美ちゃん、ありがとう」
機転の利く彼女に感心しながら、内線を使って事務所に連絡してみる。壁に貼られた内線番号表から、私は顔見知りの女性事務員さんのデスクの番号を選んだ。
コール音はすぐに途切れて、事務員さんがすぐに出てくれた――と思ったのだけど。
「はい。事務所設楽です」
あれ? な、なぜに灯也さんが出るの――!
予想外の事態に一瞬返答が遅れ、「もしもし?」と怪訝そうに尋ねられてやっと声を絞り出す。
「つっ……椿庵ですけど。オーダーミスで、天ぷら御膳が二十人前余ってしまっているんです。それで、もしよければ事務所とフロントの方々のまかないになれば、と……」
「その声……まつりか?」
「は、はいっ」
すごい、声でわかっちゃうんだ。胸の中に、ほのかな嬉しさが広がった。
「しかし二十人前とはまた派手なミスだな……デシャップは気づかなかったのか」
「……はい。あれ? そういえば、そうですね」
灯也さんに言われてから、はじめて疑問に思った。
そもそもデシャップという業務は、今回のようなミスを未然に防ぐ役目もあるのだ。
たとえばそう、二十人前だなんて通常ではあり得ないようなオーダーが入った場合、入力したスタッフに「これって間違いじゃない?」と確認してから厨房に伝えるのがいつもの流れで、でも今回は、それがなかった。