副社長は花嫁教育にご執心


……うそだ。こんなの、私が入るときにはなかった……と、胸を張って言えるほどの記憶は……ない。

「申し訳ありません、支配人。……私の、見落としです」

勢いをすっかり失った私は、しおしおとうなだれてロビーの彼のもとに戻り、深々と頭を下げた。

今夜の私は、お客様に褒められて浮かれていた。たぶん、張り紙なんかよく見ずに入ってしまったのだ。

「……やっとわかったか。俺の血と汗がにじんだDIYを台無しにしてしまったってことが」

「でぃ、DIY?」

って、ホームセンターとかで材料を買ってきて、自分でいろいろと作ったり直したりする、アレのこと?

「タイルの補修だよ。来週まで待てば業者がちゃんと直してくれるんだが、明日の撮影にはどうしても間に合わなくてな。急場しのぎで、閉店後すぐに俺が直したわけだ。なのに、よりによって、お前はその一角でシャワーを浴びただろう。水濡れ厳禁なんだよ」

「えっ……」

迷惑そうな視線に、びくっと肩をすくめた。

シャワーを浴びる場所なんて、たくさんあるうちから適当に選んだだけなのに……私、どんだけ運が悪いんだろう。

「さて、責任を取ってもらわないとな」

「せ、責任……? ほ、補修のお手伝い……ですか?」

「いや……待て。内容はちょっと考える」

支配人は顎に手を当てて、真面目に何か悩み始める。

そ、そんなに考え込まなくたっていいでしょうよ……。DIYでなんとかなったってことは、そんなに大規模な補修じゃないんでしょ?


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