副社長は花嫁教育にご執心
「……何言ってるんだ。今は精神的に参ってるからそう思うだけだよ。もちろん、話は聞くし、力になれることがあれば言ってくれていいから」
私には灯也さんの声しか聞こえないから会話の前後関係はわからないけれど、彼女に優しい言葉をかける彼に、心がとがっていくのを感じる。
ねえ、灯也さん。私以外に、そんなに優しくしないで。早く、電話を終わらせて、こっちを向いてよ……。
わがままな思いが胸にあふれて、そんな自分がいやなのに止められない。
ああ、こんなんじゃ、親に構ってもらえず拗ねる子どもみたいだ。
「あまり思いつめるなよ? じゃあ、今度の土曜に」
ようやく願いが通じて、灯也さんは杏奈さんとの通話を終えた。けれど、その瞳がすぐ私に向けられることはなく、灯也さんはスマホを眺めてしばらく真剣な顔をしていた。
「灯也さん」
私が声を掛けて、ようやくハッと我に返った灯也さん。
しかし、彼は取り繕ったような笑みを浮かべると、まるで電話のことを追求されるのを避けるかのように「風呂入ってくる」と言って、リビングを出て行ってしまった。
「もう……なんなの……」
今度の旅行、平和に過ごせるなんてこと、絶対になさそう……。
私は近くに会ったクッションを胸に抱きよせ、深いため息を吐いた。