副社長は花嫁教育にご執心


「そんなことよりほら、まつりの着替えもここに置いてある」

私の方を見ずに、ソファに畳んであったウエアを手に取っている灯也さん。

……そんなことより?

この胸を吹き抜けるすきま風のような寂しさが少しも伝わらず、もどかしくなる。

ねえ灯也さん。そういうことじゃないんです。体の疲労とかそんなことはどうでもよくて。私は今、あなたのぬくもりにとてつもなく飢えているんです。

いっそ、夜まで待たずにここで押し倒してしまっても――。

「灯也さん」

じれる気持ちに耐えられず、彼の背中に呼びかけたそのとき。コンコン、と部屋のドアがノックされ、その向こうから女性の声がした。

「灯也? みんな、準備できたみたい」

ほわんとした癒し系の、女性の声。これは、和香子さんの声ではない。ということは、杏奈さんの……。

「わかった。先行ってて」

「ううん、待ってる」

待ってる……って、まるで私なんかいない者かのように扱ってない?

待ってたって、出てくるのは灯也さんだけじゃなく、もれなく婚約者の私もですよ?

内心そう突っ込んでいたけど、灯也さんは私の気持ちを汲むどころかむしろ彼女の言いなりで。


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