夜の帳
錦通りを池下に向かい、


そこから広小路に


本山の交差点を右に


名大までの上り坂を抜け


八事日赤の手前で


車を降りた。


八事、塩釜、杁中、東山、


星が丘この一帯は名古屋の


学生街だ。


車の中では目を閉じて


まどろんでいた女が


降りた途端にまた、


大欠伸とともに喋りだした。


「あーぁ、、懐かしぃがね

この辺。よーぉ、本山から

歩いとったんだわぁ。」


ついこの間までは、この女


の言う通り名大の学生の


多くは、小高い丘陵地に


立つ学舎と地下鉄本山駅


の間のきつく長い坂を


数十分かけて登り降り


していた。


それが、今やモリゾー、


キッコロとそのスポンサー


世界のトヨタのおかげで


地下鉄の環状線も整備され、


好き好んで山の手のハイキ


ングコースを行き来するのは、


朝夕にその年代の男女が


健康管理を目的にしたもの


だけとなっていた。


誰もこの女が名大の学生


だったとは思いもしないし、


近隣の大学に通っていた


はずも無い。


地元の高校をなんとか


這い出た口だ。


交差点の向こう側の店に


着く間に、疑問は解けた。


やっとあそこの毛も生え


揃った頃に同級生だった


初めての男との定番デート


コースとして本山から杁中、


八事までよく歩いたと、


聞きもしない件の顛末を喋


り終えると、


女は当時からあった


老舗の中華料理屋に


先立って自動ドアの


マットを踏んだ。
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