嘘つきお嬢様は、愛を希う


「取り引きは、無効だから」



ガタン、と手を離したスーツケースが倒れる音がした。


私の眼下に流れる大きな川の音が、電話口から聞こえているかどうかは分からない。


けれど、私は電話を切らないままそっと腕をおろした。


そして着ていたコートを脱ぎ、通話中画面のスマホと一緒に川の中へ放り投げる。


ぽちゃん、と耳を澄ませなければ分からない水音。


……こんなにも呆気ない。


凍てつくような冷たい風が薄手の服をつきぬけて、なんとなく笑ってしまった。


頬が冷たい。

手が冷たい。

心が冷たい。


こんな寒さの中で川に飛び込めば、私の命なんてあっという間に呑まれてなくなってしまうだろう。

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