暴君と魔女
“望、お前は何をしている?”
耳に響く携帯からの声に、ああ、何だか久しぶりにその声を聞いたと、可笑しくもないのに口の端が上がった。
相変わらず情の無い様な響きだと、力なく思って何もない空間を見つめていると、俺の反応など待ってるのは時間の無駄だと低い声が俺を苛む。
“会社にも姿を現さず連絡すらない。取引も全て投げ出してお前はその地位を捨てるつもりか?”
地位?
ああ、確か・・・捨てる気だったな。
薄ぼんやりとそんな事を思い、確かに自分の地位を捨ててでも守ろうとした物があった。
もう・・・失ったけどな。
“望、何か答えるんだ”
僅かに苛立ち混じる声に今更恐怖も嫌悪もしない。
ただ面倒だと感じ、今までこの男の何に恐怖していたのだろうとも思ってしまう。
もう、そんな重圧に怯んだりしないのは上回る喪失感。
「・・・・・生きては・・います」
やっと返したのは最初の質問に対しての答えで、それを口にすれば無言になった電話先。
その無言の意味は呆れてか、怒りによってか。
どっちでもいいな・・・。
どっちにしろ、・・・今俺は初めてこの男に反抗して自由に行動しているのだと皮肉にも感じ、くっくっくっと喉を鳴らすように笑うと声を響かせた。
「どんな気分ですか?・・・・今まで従順だった手駒に裏切られる気分は?」
“望、気が触れたのか?こんな今さらな反抗をしてお前に何の得がある?”
「得?・・・・ふっ、得なんて・・・・ただひたすらに・・・・解放感でしょうか?」
ずっと苦しかった筈の重圧感からの解放。
これを機に俺を見限って切り捨ててくれれば万々歳だとも思い、この複雑な心中だというのに望まぬ方法での解放感に優越を感じる。
だけども虚しい・・・・。
この解放感を今更得たところで俺の求める姿は傍にはいないんだ。
不意に鮮明に襲い来る喪失感に一気に胃に痛みが走って目が眩む。