暴君と魔女






もう吐く物など何もないというのに逆流する水分を吐きだすと、床に落としてしまっていた携帯から不快な声が響いて追い打ちをかけた。



“望、くだらない反発はやめて仕事に戻れ。見合いの話も新たにきているんだ。お前はーーーー”



煩いーーーー、



“この家の栄光を欲しいままに維持していればーーー”



黙れーーーーーーー



ガシャンと耳に大きく反響する音。


キラキラと砕け散る硝子が床に広がり、感情のまま払いのけた携帯が窓ガラスを突き破ってテラスに滑りこむ。


遠目から見る感じ液晶にクモの巣状のヒビを広げ、もうその用途は不可能だろうと苦笑いを浮かべすぐに苦痛に切り替わる。




「・・っ・・・・栄光なんて・・・・誰が・・・」




いつだって、一度だって・・・・


俺が欲しいと言っただろうか?




「ーーーーーっ、うっ・・・・」



胃が・・・痛い、気持ち悪い・・・・・。


吐きたいのに、・・・もう・・・・。


キリキリと痛むそこを服の上から掴み床に倒れるとキツク目蓋を閉じてやり過ごす。


いっそ・・・・


死んだ方が楽なんじゃないのか?


体を蝕むリアルな痛みと喪失感。


追ってかけられた呪い。


お前を解放する気はないと、あの男に再度呪いをかけられた気がする。


ただでさえ苦しいこの状況に再びかかる重圧。









オカシクナル・・・・・。








まともな立ち方すら分からなくなっているというのに、これ以上俺に何を求めるんだ?


それとも、俺が廃人になってもその権利を持ちえる存在の確保があいつの狂った願望か?




「・・・あり得なく・・・ないな」




そんな筈がない。と言い切れない父親の存在に、痛みで苦痛に眉根が寄るのに口の端が上がり乾いた笑い声が小さく零れた。


だけど追って零れたのは悲痛な本心。


描いていた弧は消え、苦痛に上乗せされたそれに目から一筋涙が流れる。




「傍に・・・・戻ってくれ・・・・」





『・・・・望様』





俺を癒やすその声で・・・呼ばれたい。




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