【完】キミさえいれば、なにもいらない。

そんな気持ちをかき消すように、小さく手を振って、彼に背を向ける。


そしてそのまま改札に向かって歩いていこうとしたら、次の瞬間突然、後ろからギュッと両腕で抱きしめられた。


「……ひゃっ！」


驚いて振り返ると、息が触れそうな距離に彼方くんの整った顔があって。一気に心拍数が上昇する。


「か、彼方くんっ？」


戸惑う私の耳元に、彼の低い声が響く。


「……ごめん。俺、やっぱりまだ、離れたくない」


「えっ……」


「離したくない。雪菜のこと」


思いがけないセリフに、心がまたぐらぐらと揺さぶられていくのがわかる。


ドキドキと、高鳴る鼓動。背中に感じる彼の体温。


どうしよう、身動きが取れない。


「お願い。あと少しだけ、このままでいさせて……」


彼方くんの腕に、さらにギュッと力がこもる。


おかしいよね、私。今すぐにこの手を振り払うことだって、できるはずなのに。

こんな人目に付く場所で抱きしめられたら、恥ずかしくてたまらないのに。


なぜだか彼を拒む気持ちが、わいてこないんだ。


彼の腕にそっと、自分の手を添える。


心臓の音が外に漏れてしまいそうなくらい、ドキドキいってる。


そのまま私は彼の腕の中で、ただじっと身を任せるようにして、自分の胸の鼓動を聞いていた。


.


*


.