黒犬



俺はここに立ってまだ一度も男に触れていなかった。



「今日は終わりにしよう。」

陽が西に傾いていた



「風呂に入ろう。」



「もう少しここにいる。」


薄暗い格技場
そこにはもう誰もいなかった


真ん中に寝転んだままでいる汗で背中とTシャツがくっついていた
息が整わない
ゆっくりといきをすう


「どんなかんじ?」


…。
またか…
いつもの通り音もなしに現れる天堂さん


「どんな感じも…。」


「俺が教えてやろうか?」




















「…………。」


「そんな目で見ないでよ。」



彼との手合わせも先ほどと同じ結果だった



「中谷くんはさ強さってなんだと思う?」


そう聞かれると難しい…


「俺は2つあると思うんだ。
肉体的な強さももちろん強さだし、
もう1つ
肉体的に強くてもこれがないと強くなりきれない。
精神的な強さ。
これは守るものがあるとさらに強くなる。
人を思う気持ち、自分の中の決まりごと。
なんでもいい
守りたいもの、こと何かないの?」


赤く染まった格技場は静かに時が流れていた


「愛兎さんに言われた。」


「ん?」


「私を守れって。
でも、強すぎて一度も適ったことないのにどう守ればいいのかわからねえ。」


うつむいて床を見る


「たしかにあいつ強いよな…。
でもあいつは弱い。」


「それは、精神的な面で?」


「そうだ。
あいつは怖がりだ…
だから全部自分でやろうと1人で強くなった。
1人を選んだんだ。」

たしかに仕事へ行く時も1人で行く
普通は誰か付いてくんじゃないかって何度か思った

「だから、君を育てることであいつが強くなるかもって少し期待してる
君が強くなることはあいつの心を強くすることにも繋がる。
あいつを負かしてやれ。
俺はお前よりも強いんだって言ってやれ。
そして、
















守ってやれ。」




「天堂さん…
もう一度教えてください。」




立ち上がって頭を下げる
「うん、いいよ。」














「体力あるね。」
男は疲れたぁぁあああといって床へ転がった
「これあげる。
俺の古いやつだけど。」



渡されたのは竹刀



「あいつが得意なものはそれだ。
その人に勝つためには相手を知ることも大切だ。」



それを振ってみる
「基本はこう。」
男もそれを持って一歩踏み込む
それに習って同じ動きをした



「うんなかなか筋がいいね。」







「ご飯よ〜〜〜」

紗智栞さんの声が届いた
竹刀を部屋に置いてから食卓へ急ぐ

今日はカレイの煮付けだった。
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