黒犬






新しい赤はなかった
全て少し乾いてきていた
重たい扉の奥から聞こえていた喧騒はない

呼吸の音すら聞こえないほど静かだ



















男は桜を求めて建物の奥を目指した

































ーーー


沢山の温かみをくれた人たちがただの肉塊となって転がる
それは布や反物で目隠しをされていた
ファイルと反物の下に横たわる彼らとをにらめっこしながら確認し書類を置く
その作業をしていないと気が狂いそうだった


求めた桜色は赤く染まり倒れた…

残ったのは沢山のこの赤と
黒と……





















あの男…

漣家の次男


漣 湊



















俺にこの仕事を押し付けて彼はどこかへ姿を消した







これから俺はどうすれば……


「ここにいればいいよ。」


こう言う時によく響く少し高い声
顔に表情はない
ドンっ
彼の胸ぐらを掴む
男の体は簡単に持ち上がった



「おろして。」

男は淡々と語を放つ



地に足をつけ俺の周りを歩く男はまた口を開いた






















「君は兄からこの子を頼まれた。
だからここにいていい。
部屋はそのままあそこを使って構わない。」


彼をにらみ
仕事を早急に終わらせ部屋へ入った

オムツ…
ミルク……
肌着…




など
ベビー用品が沢山置いてある














この部屋に赤いシミはなかった
ベビー布団に彼女を寝かせ近くにあった本を開いた



















〜〜〜







それからの日々はあの大男を想う暇もなかった
赤ん坊の世話はこんなにも忙しいのか……
世界中の母親を尊敬するくらいだった
目の下にクマを作った顔で彼女の世話をすると彼女はよく泣き出した






















彼の弟やその妻は最低限の手伝いしかしてくれなかった
まあ
漣の立て直しもあるし
彼らの子もいる
それに俺が助けを求めることをしなかったから





何となく嫌だった…

















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