黒犬



言うつもりもない……
彼女らが出た門を閉め大きな日本家屋へ戻った


今日はたまの休み


部屋にごろりと転がった
……



しばらくして男は立ち上がる
黒い服に身を包み部屋を出た
潮の香り

陽が傾き始めていた


夕日に照らされた石



湊さんはここに墓を建てた
海が見える浜辺




誰もこない秘密の場所
花を置いて目を腕で覆う

どれくらいの時そうしていたかは分からない
足が冷たく濡れて顔を上げた

海の水が足を濡らしたのだ

滲んだ太陽があの人の色に見えて男はそれを追った



















………
……


















目を数回はためかせて何度か景色を確かめる
ここ。

「何してんの。」

声にいつもの冷静さにはかけていた

「死にたいの。
それなら俺が殺してあげる。」

彼の重さと顔すれすれに刺された短刀

「違う…」

出た声は弱々しかった
「違わないだろ。」

強い口調
彼は勢い良く立った

彼を睨みつける

彼の表情は変わらない


「わたしらあなたが何をしたいのかわからなくなった。
君が美麗を預けたのは彼女を悲しい気持ちにさせないためだと思っていたが違ったみたいだね。
がっかりだよ。」



男は俺に背を向け扉へ向かった
その扉が外側からすっと開きそこには小さな女の子が立っていた



「なかや…」

彼女の頬には大粒の雫がいくつも溢れている

















男は彼女に駆け寄った
「どうしたの。」






「ゆきたが……
ゆきたがぁぁあ。」















障子を開け窓も開けた
朝に作ったゆきたが水たまりを作っている
腕と目がそこに無様に浮いていた
「美麗ちゃん
ゆきたはね雪の妖精さんだから暖かくなると雪の国に帰っちゃうんだ。
バイバイしようね。」
彼女はゆきたに手を振るそしてどこで見つけてきたかは分からないけど花を添えた
俺が備えた花によく似ていた






















「ねえ、なかや。
なかやはバイバイしないよね。」


小さな女の子の発した言葉にどきりとした



















「なかや…。」





















「うん。
しないよ。」
彼女を抱きしめる
とても温かかった





「なかや冷たいね。
ゆきたみたい」


彼女はぎゅっと男を抱き返す
「そう…?」
しばらくすると少女は寝息を立てた。
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