君と恋をしよう
***


翌週の土曜日、根岸のマンションの一階で引っ越し業者と待ち合わせた。

部屋に上がると、「でかけておく」と言っていた淳美は何故か室内にいた。

「──邪魔するよ」
「どうぞ」

リビングのソファーに座ったまま、淳美は無愛想に言う。

荷物は机とAV機器とクローゼットの中身くらい、机が面倒で業者に頼んだようなものだ。
搬出はものの15分程、リビングの彼女に、僕は鍵を渡した。

「今までありがとう」

とりあえず出逢えてから数年は楽しかった、結婚しなければもっと仲良くいられたかな。

「……いいえ」

彼女は僕を見ずに鍵を受け取った。

「じゃ」

立ち去ろうとすると、彼女は立ち上がった。

「ねえ……!」

ちゃんと立ち止まって彼女を見たよ。

「なに?」
「あの……今度は何処に住むの……? 私は、洋光台の方に……!」

横浜駅から7駅離れたJRの駅だ。

「ああ、少なくともその近くではないから、安心して」

僕は背を向けた、彼女の様子は気にしないようにした、泣いていたようだけど、振られたのは僕の方だ。

新居に向かう電車の中で、僕はスマートフォンの電話帳の淳美の連絡先を消した。





新居の鍵を開けると、なにもない部屋で窓を拭きながら萌絵が待っていた。

「おかえりなさい!」

笑顔で出迎えてくれる様子はまるで子犬だ、主人が帰ってきて小さな尻尾をフリフリ迎える様子が思い浮かんだ。

「ただいま、業者さんは下にいたからもう来るよ」
「はい」

彼女は雑巾を持って立ち上がった。
そこへインターフォンの音、近くにいたのが萌絵だから出てくれた。

「はい、ご苦労様です」

そう言って自動ドアを開けるボタンを押す、そんな姿に、なんだか心が浮き立つのは何故だろう?



8畳の1DKの部屋に、机だけがポツンとある。
搬入だけは5分で済んだ、梱包がないからかな。

萌絵も呆然としている、荷物の少なさにだ。

「あのさ、良かったらテレビとか家具とか食器とか、見たいんだけど」
「はいっ、その方がいいと思います!」

余りに殺風景過ぎるもんな。



車で出掛けた。

まずは電気屋へ。
照明とテレビ、冷蔵庫、洗濯機、炊飯器、電子レンジにオーブントースター、エアコンも……まずは要らないのはどれだ?

冷蔵庫が一週間後に届けられると言うので、他のもそれに合わせて配達してもらう事にした。

それから家具店へ。

取り敢えずベッドとテーブルを探す。

二人がけのテーブルを頼むと、

「予備ですか? 家族が増える事を考えたら四人掛けの方が」


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