君と恋をしよう
この渋谷でなくても、スクランブル交差点と言うのは慣れない者には難しいだろう。

時に人の流れに負けそうになる、それに負けじとしているからか、萌絵は僕と手を繋いでいることに気付いていないようだ。

中程で人とぶつかりそうになった時、萌絵がぎゅっと握り返してきた。
小さな手だな。
僕もそっと握り返して、横断歩道を渡りきった。

若者の、しかも女の子のブランドなんて、僕にはさっぱりだけど。
萌絵はしっかりリサーチしていたらしく、迷うことなくその店に行き(店の場所はスマホの地図案内を使ったけれどね)、僕は場違いながらも萌絵のそばで買い物を見ていた。

萌絵がフリルがたっぷり付いたブラウス、三枚を前に悩んでいる。

「藤……たっちゃん、何色が好き?」

ブラウスは淡い水色と、淡いピンクと、白だ。その三つで、って事かな?

「萌絵ならピンクが似合うと思うよ?」

言うと萌絵は唇を尖らせた。

「そうじゃなくて。藤、たっちゃんが好きな色」

うん?

「……やっぱ男だから。青、かな」

つか好きな色なんて気にした事もない。

「ふぅん」

萌絵は笑顔で頷いて、水色のブラウスを抱き抱えた。

まあ……もうすぐ夏だし、爽やかでいいかも?

もう一軒入ってまたブラウスを買うと、お昼に近かった。

「ご飯にしようか?」
「うん」

食事の場所は決めていないらしい。

僕は大昔の記憶を頼りに、その店へ向かった、よかった、まだあった。

そのカフェに大きな思い入れがあるわけでないが、昔友人と来た事があり、単に「こんなお店知ってるの!?」的にスマートに決めたいと思っただけだ。

さすがにメニューは変わっていたが、僕はサンドイッチを頼んだ、萌絵はパンケーキセットだった。

「あ、あのね」

注文を終えると、萌絵が言った。

「今度、引越ししようと思ってて」
「──え」

内心驚き焦ったが、声には出さないようにする。

「藤……たっちゃんが、あのアパートじゃ危ないって言うから」
「あ……ああ……」

言ったけど。それはいずれ一緒に住んでやろうかって言う下心もあったのに。

「会社で話したら、ルームシェアしてる先輩が、同居人が出て行くことになったから、よかったら一緒に住まないかって」
「……すごーく余計なお世話だけど、それって、男性?」
「そんな事あるわけないじゃんっ」

萌絵は顔を真っ赤にして否定する。

「総務課の、一昨年まで受付もやってた人! 同居してた女性が恋人ができて出て行くって言うから、またルームシェアしてくれる人、探してたんだって!」

先輩の元受付嬢か、なら安心だ。

「遠くなるのかな?」

せっかく僕は近くの家を探したのに。

「最寄駅は三ッ沢下町ってとこ。たっちゃんちまで歩けるよ」
「あ、本当?」
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