君と恋をしよう
『あの。犯人はうちの子の事件の翌年に逮捕されました。隣の市に住む高校生でした。余罪は数十に上るとかで、犯人もいちいち顔も名前も覚えてないと言い、ハードディスクには1000枚以上の写真があって、なんか……娘さんの確認しますかなんて、警察もデリカシーが無いですよね……顔写真ではなくて全部局部だと言うその写真をですよ?』
言って大きな溜息を吐いた、遠くの鼻をすする音が更に大きく聞こえた。
『そいつは幼児趣味があって、つまりその、性行為そのものには大して興味がなくて、とにかく写真を集めたかったらしくて。だから、その、強姦、はされていないです、それは間違いないです』
「はい」
そんな事、僕は本当に気にしていない。
『それでも本人も気にしていたんでしょう、この地を出たいと言って。いろいろ思い出すのでしょう。私達は不安で不安で仕方なかったのですが、あの子はあなたがそこにいると判っていて飛び出して行ったんでしょうかねぇ。夏に帰ってきた時には、もう表情が明るかったので、ああ思い切って送り出してよかったんだと思ったのですが、まさかこんな早く恋人ができたと報告を聞けるとは』
その『恋人』とはどのあたりまで行けば、そう呼ばれるのか、と言う質問は出来ず。
「僕の方こそ萌絵さんに救われました、萌絵さんに会った時は人生のどん底だったんです。そんな僕に声を掛けてくれて。萌絵さんのお陰で、もう一度頑張ってみようと思えました。素敵な娘さんをありがとうございます」
言うとお父さんは何度も「いやいや」と謙遜した。
『まっすぐ過ぎて不器用な娘ですが、どうぞよろしぐお願いします』
お願いされて、はたと気付く。
「あの、僕は随分年上ですが、よろしいんですか?」
『はい? まだ20代だと思いましたが』
ん? カメラになんか加工されてた?
「すみません、ひと回り以上、違います」
場合によってはご両親の方に年が近いって事もあるだろうな、そして今回はそのパターンか、明らかに息を飲んだ様子が判った。
『そ、ですか……いや、あの萌絵が選んだのなら、うん……』
おや、ちょっと地雷だったかなー? それに気付かせる前に。
「大事にします、もう萌絵さんが傷付いたりしないように」
『はい、はい、本当に、よろしぐお願いします』
「こちらこそ、よろしくお願いします」
その後お母さんとも少し話をして電話を切った。
やはり何度も何度も、可愛い娘だ、よろしく頼むと繰り返していた。
愛されてる、そう思った。
きっとご両親も苦しんだんだろう、家族で遊びに行った先だと言っていた、きっと自分達を責めただろう。
どんなに愛しても、見えない心の傷の癒し方は難しい、その手助けができたなら幸いだ。
***
年が明け、仕事も始まって幾日か過ぎた頃。
内線電話が鳴った、見覚えのない番号、出ると同じ部署の部下だった。
『あの、藤木さん、五番の商談ブースに来てもらっていいですか?』
「え? 僕が?」
僕はもう半分管理職で、自社で直接外部の人間に会うのは稀だ。
『あの、赤川さんが、お話があると』
言われた瞬間電話を切りたくなった、赤川、それは淳美の旧姓だ。
籍の名前は変えたが、社内では旧姓で通していた、仕事柄名前が変わると困る事も多いと言って。
離婚して、旧姓に戻したかまでは、聞いていないが。
「僕に、話は……」
電話の向こうで生唾を飲んだような気がした、彼は僕と彼女の関係を知っている。
『それがどうしてもって聞かなくて……僕では対処できません』
こそこそと泣き声じみた声がする、商談ブースの中の内線電話なんだろうか。
まあ彼の方が淳美より年下だし、淳美の方がはるかに営業マンとして優秀だ、強くは出れないのかも。
「判ったよ」
そう言うと彼は安堵の息を吐いた。
「すぐに行く、待たせておいて」
僕は電話を切るとすぐに席を立った、行き先を書くホワイトボードに『No.5』と書いて部屋を出る。
***
商談ブースは完全個室だ、八畳程の広さで、廊下側の壁は天井から床まで曇りガラスになっている。
一応防音はしっかりしているが、それだけに人がいる間は常時カメラと録音がされているから悪さはできない。
五番の商談ブースに、淳美は一人座って待っていた。
言って大きな溜息を吐いた、遠くの鼻をすする音が更に大きく聞こえた。
『そいつは幼児趣味があって、つまりその、性行為そのものには大して興味がなくて、とにかく写真を集めたかったらしくて。だから、その、強姦、はされていないです、それは間違いないです』
「はい」
そんな事、僕は本当に気にしていない。
『それでも本人も気にしていたんでしょう、この地を出たいと言って。いろいろ思い出すのでしょう。私達は不安で不安で仕方なかったのですが、あの子はあなたがそこにいると判っていて飛び出して行ったんでしょうかねぇ。夏に帰ってきた時には、もう表情が明るかったので、ああ思い切って送り出してよかったんだと思ったのですが、まさかこんな早く恋人ができたと報告を聞けるとは』
その『恋人』とはどのあたりまで行けば、そう呼ばれるのか、と言う質問は出来ず。
「僕の方こそ萌絵さんに救われました、萌絵さんに会った時は人生のどん底だったんです。そんな僕に声を掛けてくれて。萌絵さんのお陰で、もう一度頑張ってみようと思えました。素敵な娘さんをありがとうございます」
言うとお父さんは何度も「いやいや」と謙遜した。
『まっすぐ過ぎて不器用な娘ですが、どうぞよろしぐお願いします』
お願いされて、はたと気付く。
「あの、僕は随分年上ですが、よろしいんですか?」
『はい? まだ20代だと思いましたが』
ん? カメラになんか加工されてた?
「すみません、ひと回り以上、違います」
場合によってはご両親の方に年が近いって事もあるだろうな、そして今回はそのパターンか、明らかに息を飲んだ様子が判った。
『そ、ですか……いや、あの萌絵が選んだのなら、うん……』
おや、ちょっと地雷だったかなー? それに気付かせる前に。
「大事にします、もう萌絵さんが傷付いたりしないように」
『はい、はい、本当に、よろしぐお願いします』
「こちらこそ、よろしくお願いします」
その後お母さんとも少し話をして電話を切った。
やはり何度も何度も、可愛い娘だ、よろしく頼むと繰り返していた。
愛されてる、そう思った。
きっとご両親も苦しんだんだろう、家族で遊びに行った先だと言っていた、きっと自分達を責めただろう。
どんなに愛しても、見えない心の傷の癒し方は難しい、その手助けができたなら幸いだ。
***
年が明け、仕事も始まって幾日か過ぎた頃。
内線電話が鳴った、見覚えのない番号、出ると同じ部署の部下だった。
『あの、藤木さん、五番の商談ブースに来てもらっていいですか?』
「え? 僕が?」
僕はもう半分管理職で、自社で直接外部の人間に会うのは稀だ。
『あの、赤川さんが、お話があると』
言われた瞬間電話を切りたくなった、赤川、それは淳美の旧姓だ。
籍の名前は変えたが、社内では旧姓で通していた、仕事柄名前が変わると困る事も多いと言って。
離婚して、旧姓に戻したかまでは、聞いていないが。
「僕に、話は……」
電話の向こうで生唾を飲んだような気がした、彼は僕と彼女の関係を知っている。
『それがどうしてもって聞かなくて……僕では対処できません』
こそこそと泣き声じみた声がする、商談ブースの中の内線電話なんだろうか。
まあ彼の方が淳美より年下だし、淳美の方がはるかに営業マンとして優秀だ、強くは出れないのかも。
「判ったよ」
そう言うと彼は安堵の息を吐いた。
「すぐに行く、待たせておいて」
僕は電話を切るとすぐに席を立った、行き先を書くホワイトボードに『No.5』と書いて部屋を出る。
***
商談ブースは完全個室だ、八畳程の広さで、廊下側の壁は天井から床まで曇りガラスになっている。
一応防音はしっかりしているが、それだけに人がいる間は常時カメラと録音がされているから悪さはできない。
五番の商談ブースに、淳美は一人座って待っていた。