君と恋をしよう
え、待って……こんなに若くて可愛い子が、ぼ、僕を口説いてる……!?
「ど……して、男性が怖い、なんて……」
話題を変えようとした。
「私は覚えていないんですけど……」
彼女はぽつりと話し出す。
「私、子供の頃、見ず知らずの男性にいたずらされたらしいんです。私も最近その事実を知って……大学生にもなって恋人がいないので母が心配したのか、「好きな人もいないの?」と聞いてくれて判明したんですけど……私、男性が怖くて。特に年の近い人が。そばにいると緊張して声も出せなくて脂汗も出てしまうくらいで。社会に出てやっと安心しました、いろんな男性がいるので。でもやっぱり面と向かってお話しするのは怖いです……こんなにいっぱいお話しするのも、初めてくらいで……」
「……そうなんだ」
一体何が……声には出さなかったが、彼女は答えてくれた。
「少し遠くの大きな公園に家族で遊びに行ったそうなんです。遊具もあるそのエリアから、ちょっと目を離したらいなくなっていたって。両親と姉とで探し回って、別のエリアのベンチで、10代後半くらいの見知らぬ男の子の膝上でお菓子を食べていたそうです。父が見つけるとその子は走って逃げたと。念の為病院で体を診てもらって、外傷とかは全くなかったそうですけど……下着が、なかったそうです」
僕は思わず息を呑んだ。
「私は全然覚えていないんです。幼稚園に入る前でした。直後は名前を呼ばれてついていった、お菓子くれたと答えたそうです。下着は……何処かで落としただけかも知れませんけど」
「そんな事……」
履いてるパンツは落とさないだろう。
「それを全く覚えていない、男性も怖いと聞いて心配した母が、カウンセリングを受けるよう勧めてくれました。そこで言われたのは、やはり心に傷を負うほどショックな事があったのかも知れない、だから被害の直後から嫌な事は忘れ、犯人に近い年の男性に恐怖心があるのかもと。でも父が遠くから見つけた時には、彼は私の体を抱き抱えてはいたけれど、不用意に触るような変な事はしていなかったそうです、いなくなっていたのも10分から15分くらいで」
「そっか……」
そうだと、信じよう、君のためにも。
「でも私もこのままではいけないと思うんです」
「うん」
君みたいに可愛い子が男性恐怖症じゃ、勿体ないよ。
「藤木さんとなら、こんなにお話しができます、とても嬉しいです。せめてもう一度、お会いしたいです」
「う、うん……」
今はお互い酔ってもいる、明るいうちにシラフで会えば、きっと彼女も僕じゃないと気付くだろう。
「よかった」
彼女が微笑む、とても綺麗で喜びに満ちた笑みだ。
僕の一言が、彼女をこんな笑顔にさせられるなんて。
僕の中の、忘れていた何かのスイッチが、押された。
「──あのさ」
「はい」
「僕も、男だから、ね」
「はい」
「その、いい年の、男、だからね?」
「はい」
彼女の笑みに、萎えていた僕の中の『男』が燃え始めるのを感じた、驚いた、僕にもまだこんな感情があったんだ。
「君に……酷い事を、するかもしれない」
もしかしたら、君に酷い事をした少年みたいな事を。
すると、彼女は僕の拳を握った、柔らかくて温かい手のひらに包まれ、僕はめまいを起こしそうだった。
「……覚悟の上です、でなきゃこんなお話しできません……」
消え入りそうな声、彼女の手は震えている、男性恐怖症は本当なんだろう、そしてそれを克服したいのも……こんな事が人助けになるなら、僕はいくらでも──自分の中に芽生えた欲望を偽善に隠す。
空いた方の手でそっと彼女の髪を撫でた、彼女は怯えた目をしたが、我慢しようとでも思ったのか、そっと伏せ目がちにする。
まつげが揺れている、なんて綺麗なんだ、唇も震えている、赤い果実のようで美味しそうだ……。
なんて事だ。