さよならまた明日
かりんちゃんへ
直接言うのが恥ずかしいし、おばぁちゃん話が長いからかりんちゃんが嫌な思いしたらと思い、直接言わなくていいよう、手紙を書きました。
文章長いかもしれないけど最後まで読んで下さいね。
おばぁちゃんずっと考えてたけど、かりんちゃんは本当にたくましいこに育ちました。
かりんちゃんが生まれたときはもう本当に小さくて小さくてね、未熟児だった。
看護婦さん病院の先生方が一生懸命かりんちゃんをとりだしてくれて、小さくて小さくてだけど本当に可愛かった。
産声もまだ思い出せるんだよ。
おぎゃーってないて、元気がよかった。
保育園のとき、おばぁちゃんかりんちゃんを可愛かってね、色んな所に連れていきました。
動物園だったり遊園地だったり、水族館や公園も連れていきました。 
夏になったら近所で花火大会があるから一緒に行ったこともあるけど花火のどーんという大きな音にびっくりして、かりんちゃん泣いてたね。 
どんだけあやしても泣き虫だからなかなか泣き止まなくて、おばぁちゃん苦労したよ。
言葉もどんどん覚えて、おばぁちゃんかりんちゃんと話すのがすごい楽しかった。 ある日ね、かりんちゃんこれから話すことは大切なことだから泣かないでよく読んでね。
かりんちゃんの本当のおかあさんと本当のおとうさんは事故でなくなったんだよ。
おばぁちゃん今まで隠しててごめんね。かりんちゃんが大きくなって、泣き虫じゃないこになったら話そうって決めてたんだよ。 
そのときは、かりんちゃんをおばぁちゃんに預けてあなたの本当の両親は、かりんも大きくなったことだし久々に二人で温泉でも入りにいくから、その間かりんを頼むといって出かけた。
出かけて二時間もしないときだった。家に警察から電話かかってきて、そのときはじめて亡くなったことを知らされた。色々大変でした。
まだ大きくないかりんちゃんをどうしようか真剣に考えた、施設に入れるのも可哀想だし、悩んでいたら、かりんちゃんの本当のおかあさんの妹、つまりかりんちゃんにとってはおばさんにあたるよね、その夫婦が私は子供がほしいけどできない体になってしまったから責任をもって面倒見ますと言ってくれました。その人たちがかりんちゃんの今のおとうさん、おかあさんです。 
今までおばぁちゃんはだまってて、ごめんね。
育ての親になってくれると言ってくれておばぁちゃん本当に嬉しかったです。
それから、小学生六年のころ、かりんちゃんは反抗期に入り、汚い言葉づかいもしてわるい友達を頻繁におばぁちゃんの家につれてきたね。かりんちゃんは、中学卒業するまで補導を何回されたかわからないね。 
当然家族全員苦労しました。
どれだけ家に迷惑かけたか。けれど、おばぁちゃんはなんどかりんちゃんから汚い言葉言われようが許してきました。
夜中おばぁちゃんのとこでかりんちゃんたちが大きい声で騒いで明け方ぞろぞろと帰るころ、おばぁちゃんかりんちゃんたちにひとりひとり「また明日ね、明日もよかったらおいで」と声をかけたことかりんちゃんは覚えてますか?
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