幸せの種
「嫌! 絶対に別れない! だって、千尋の赤ちゃんがここにいるの!」
美麗は体のラインを隠すために着ていたカーディガンを脱いだ。
誰の目にもはっきりと妊婦だと解るほど変わった体形を前に、千尋は息をのむ。
「本当に、俺の子、なのか……」
「そう。千尋の子。たぶん卒業式のあと、産まれると思う」
「嘘、だろ」
「もう、動くんだから。ほら、触ってみる?」
そう言って、美麗が千尋の手を取ろうとした瞬間、千尋は後ずさりして、そのまま駆け出した。
それっきり、千尋からの連絡は途絶え、美麗からの連絡はすべて拒否された。
結局、千尋は遠く離れた専門学校へ進学するようだと友達から聞き、もう完全に終わったことを知って美麗は泣いた。
涙が枯れるほど泣いた。
泣きすぎて、頭もお腹も痛くなり、耐えられずに唸っていたところを母親に見つかり、妊娠も発覚。
どんなに問い詰められても、お腹の子の父親が誰であるのかということについて、美麗は固く口を閉ざした。
ほんのひとときでも、自分を認めてくれた千尋の将来を邪魔する気もちにはなれなかった。
千尋の将来が明るければ、きっとこの環境から救い出してくれると思ったから。