幸せの種
北海道にも遅い春がやってきた。
千島桜が花開く頃、美麗は新しい生命をこの世に送り出した。
父親である千尋から一文字、今の季節から一文字。
自分のように、難しい漢字で苦労しないように。
誰からも祝福されずに生まれた娘ではあるけれど、その人生にはたくさんの花が開くように。
「千花(ちか)、あなただけでも幸せになってね」
新生児だというのに、千花は美麗のその言葉を聞いて『わかったよ』と言いたげに微笑んだ。
「生まれたばかりなのに、笑うんだね。千尋にも見せてあげたかったな……」
千尋のことを思い出し、美麗はまた泣いた。
生まれたばかりの千花も一緒に泣いた。
他に家族がいない分娩室で、十代の若い母親は思い切り泣いた。
出産の苦しみを乗り越えた涙。
無事に生まれた我が子に逢えた涙。
自分と我が子の今後を憂う涙。
千尋に逢えない涙。
隣で泣く新生児は、涙を流さず可愛い泣き声をあげていた。
――他に泣いてくれる家族も、千尋もいないけれど、この子がいる。
千花と名付けられた娘を抱いて、美麗はまた涙を流した。