幸せの種

この店の常連だという年上の男に、美麗は度々誘われるようになった。

最初はやんわりと断っていたその誘いも、営業成績を上げるために仕方なく同伴。


千尋と付き合っていた頃は、全て割り勘が当たり前。

デートも二人で相談しながら進めていたが、年上の男性は違う。

奢ってくれるのが当たり前、自分が知らないうちに素敵なレストランが予約されている。

ブランド物のバッグやアクセサリーをプレゼントされ、美麗は舞い上がった。


彼氏に捨てられ、実家で肩身の狭い思いをしながらシングルマザーとして生きるしかないと思っていた未来に、突然違う道が開けた。


千尋より先に、彼と出逢っていたら――。

千尋と交際し、千花を出産したことで、美麗はどれだけ人生の選択肢を失ってしまったのだろう。


美麗は何度も考えた。

初めて千尋の家へ行った、あの夏の日からやり直したいと。


それが不可能であるならば、千花の出産を「なかったこと」にしよう。

千花は手のかからない、おとなしい子。

実家に預けておけば、大丈夫。

今は無理だけど、必ず迎えに行くから。


美麗は自分に娘がいることを隠したまま、彼の許へ走った。

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