昼休みが終わる前に。
午前10時。窓の外で車の音がした。
私はショルダーバッグを肩にかけ、階段を駆け下りた。
玄関でサンダルを履いていると、ドアの向こうに人の気配が感じられた。
そっとドアスコープから外を覗くと、信広さんがインターホンに手を伸ばそうとしているところだった。
私は玄関のドアを開け放った。それと家のチャイムが鳴ったのは、ほとんど同時だった。
信広さんはちょっと驚いたような顔をしてから、「おはようございます」と、笑って言った。今日は紺色のポロシャツに、白いジーンズを履いている。
私もにこっと微笑み返した。
「おはようございます。わざわざお迎えに来てくださってありがとうございます」
「いえいえ。昨日はよく眠れましたか?」
「はい、眠れました。信広さんは?」
「俺は寝る前に読み始めた本が止まらなくて、気がついたら外が明るくなってました」
「ふふっ、信広さんをそこまで夢中にさせた本が何なのか、気になります。今度ぜひ貸してください」
「えぇ、もちろん」
信広さんの目が、ふと私の右手の薬指に注がれた。
何か言うのかと思ったけれど、黙って微笑んだだけで、それについては何も言わなかった。
「行きましょうか」
「はい」