昼休みが終わる前に。


指先がしびれ、感覚がなくなった。


私はほとんど唇を動かさずに、「昨日のこと、覚えてる?」と訊いた。自分の声が、プールの底に潜っているときのようにくぐもって聞こえた。


「昨日?」


唯人は少し考える素振りを見せてから、肩をすくめて笑った。




「ごめん、何だっけ?」




ぐらっと視界が揺れた。湧き上がる嗚咽を懸命に噛み殺そうとした。でも、できなかった。私は倒れるようにしてその場に崩れ落ち、声を張り上げて泣いた。


「えっ、ちょっ、どうしたの?」

「なんで……なんで覚えてないの!」


金切り声が教室の中に響き渡った。


その場にいた全員が、一斉にこちらを振り向いた。唯人は床に座り込んでいる私の方へかがみ込んだ。


「うそ、俺、そんな大事なこと忘れてる?」

「忘れてるよ。全部、全部、忘れちゃってるよ。昨日、約束してくれたじゃん。それなのに……」

「ごめん、リリ。本当にごめん。もう絶対に忘れないから、俺が何を忘れてるか教えてくれない?」


悲しくて、切なくて。


もう何も言葉にならなかった。



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