見上げてごらん、夜空に輝くあの星を
1時間目、2時間目と授業が一コマ終わるごとに同じようにクラスメイトに囲まれた後の昼休み。春乃も俺もかなり参っていた。

(よくある転校生が囲まれるアレってこんなに辛いのか...そのテンプレが一瞬でも羨ましいと思ってしまっていた自分が心底バカらしいな)

狸寝入りでやり過ごすという方法も考えついたが、転校初日にそんなことをしたらイメージダウンどころの話じゃない。クラスメイトから変な目で見られること間違いなしだ。

「坪倉、涼磨。外で昼食おうぜ。このまま教室にいたら大変だろ」

「あ、ああ」

「うん...そうだね」

ずっとため息をつきたい状況が続いている俺にとって、外の空気を吸うというのは大きな気分転換になる。その提案に乗らない理由はなかった。

「じゃあ中庭行くか」

幸い弁当を学校に持って来ているから、どこであろうと食べられる。

「中庭なんてあるのか」

「案内とかされなかったのか?こっちだ」

「そもそも学校に来たの今日が初めてだからな...どこに何があるかさえもわからんな。トイレ見つけられなくて漏らすかもしれねえ」

ちょっとしたジョークを吹っかけて落ち込んだ自らの調子を無理矢理戻そうとする。

教室から階段を一階まで下ると、職員室がある廊下へと着いたが、目的地である中庭は階段のすぐそばにある廊下へと曲がって行くようだ。その先には扉があり、外には芝生とそれにまたがってレンガの層が広がっていた。

「こんなとこあったんだ。気づかなかったな」

まあ職員室から教室に向かう途中に気づけなくもなかったが、緊張があったしそれどころじゃなかったのだろう、と自己分析する。

「冬だしあんまり人いないと思ったけど、まさか誰もいないとはな。コート持って来たから大丈夫だろ」

制服の上にコートを着ればさすがに肌寒さはそこまで感じない。

「適当に芝生に座って食おうぜ」

芝生に座って持ってきた弁当を広げる。女子校とかだとお弁当を見せ合って醜い優劣の決め合い....いやなんでもないです。

見せ合ってすごーい(棒)、〇〇ちゃん上手だね!とかお世辞を言い合うのだろうが、あいにくこの季節、男2人×女子1人でそんなことは起こらない。

などと思っていると、これまであまり口を開かずにいた春乃が久しぶりに話し始めた。

「ふぅ。たまには外で食べるのも悪くないね。それにしても、ごめんね涼磨、巻き込んじゃって」

「いや、謝ることないって。これが転校生としての洗礼なのかもしれないし。逆に巻き込んだのは俺の方じゃないか?」

「それはないよ。元はといえば私が下の名前で呼んだのがいけなかったんだろうし...」

このままじゃ話が平行線のままになりそうだと判断し、話を変える。

「そういえば午後の授業ってなんだっけ?」

「確か数学、英語、体育だったはずだ。体育は俺らはサッカーだけど、3学期は柔道、拳法のどちらかを選ばないといけないそうだ。涼磨はどれにするか決めてるか?」

拳法なんてやる学校が結構珍しい気がするな。前の高校では空手と剣道の2択だったらしいが、それも3学期だからどっちをやるなんていうのは決めず仕舞いだった。

「いや、そんな体育のことだって聞いたの始めてなんだが... まあ拳法かな。ちょっと齧ってるし」

「マジか。俺もそうしようかな...」

拳法の辛さを知っている俺は、その決断を止めたい気持ちが芽開いたが、たかが学校の授業だ。そんなキツいはずがない。

「まぁ、俺がやるからと流されずに最後は自分で決めたほうがいいぞ」

責任は負えないので、一応忠告をしておく。そんな話をしていると、4時限目の予鈴が鳴った。

「あ、もう行かないといけないな。また後で話そうぜ」

「おう」

横にいた春乃は俺たちの会話を聞いていただけだったが、終始和やかな表情だったので俺の心も安心できていた。3人で校舎の入口へと足を向け、その場を後にした。










4、5時限目が終わり、6時間目の体育。サッカーだと言っていたが、あいにく野球はできてもサッカーはできない俺にとって気分転換にもならないものだ。大体サッカーができないやつって大体キーパーにされるよな。一番大事なポジションだろうにみんな目立ちたいのだろうか。

着替えは移動教室で、合同で授業を行う2組の教室で着替えるのだそうだ。

「涼磨、次体育だから行こうぜ」

「おう、2組だよな」

「そうそう、移動だるいよなぁ」

「女子がここで着替えるんだっけ?楽だよな」

「まあ何言ってもしょうがないし行くか」

「そうだな」

そうして教室を出て行こうとするついでに春乃の様子を横目に入れる。午前よりは減ったものの、相変わらず囲まれてグロッキーなのに変わりはないようだ。少し心配しつつも早く出て行かないとという葛藤に襲われ、駆け足で移動先へと向かった。


サッカーの授業となると、やはりサッカー部の独壇場だ。経験者だとほぼ初心者の俺たちをグイグイと抜き去って行く。体育という授業であるサッカーという競技において、一番目立たないディフェンダーに置かれた俺は、初回の授業でもあったことも相まって、自分にとっては相当退屈なものだった。

試合結果でさえどっちが勝ったかわからないくらい興味も薄かったのでほぼただ立っている時間だったが。これなら授業を座って聞いていた方が幾分マシだ、などと野暮なことは言わない。

「はぁ.... 初日だというのに嫌に疲れたな。これは明日からも思いやられる」

「そんなこと言ったって多分しばらくは坪倉とのこといじられるぞ。我慢するんだな」

「まあ俺はいいんだけど春乃がな....」

「というかお前ら本当に付き合ってないのか?」

「付き合っているどころか小学生から顔見知りなだけだって。そもそも小学校の時は喧嘩別れだったから結構親しげなのにちょっと戸惑っているくらいだ」

「昔のことはよく知らないが、誤解されないような言動を心掛けとけよ。お前が勘違いされて困るならな」

(俺のことはどうでも良いけど、あいつが嫌だろうから今後のためにもしっかりしなくちゃな)

着替えながらの話だったが、俺が慎一と話すようになってから、クラスメイトの執拗な絡みはほぼなくなった。俺に気を使ってなのかもしれない、というのは考えすぎだろうか。

着替え終わって教室に戻ると、春乃が机に突っ伏していた。

「おいおい大丈夫か、春乃?」

「涼磨かー。私は大丈夫だよ、体育で疲れただけ」

「ああそうか、女子は持久走とかいう害悪競技に身を投じてたんだったな」

「慎一、なんだその言い方は。それにしても持久走とかやる意味あるのか?露骨に体力の差が出るだろうに。春乃はそこまで運動得意じゃないはずだよな」

「まぁあまり運動しないからね..... 中学でも茶道部に入ってたし」

(天文部じゃないのか、意外だな。いや、そもそも中学に天文部があるかどうかなんて五分五分だよな。珍しくもないし、どこでもあるわけじゃないからな)

「それにしても今日はお互い災難だったな....」

「そうだね...予想以上だよ」

疲れを会話に滲み出させるように顔を合わせていると、自然に笑みが溢れた。

「まぁ今日は金曜日だから週末過ぎたら興味も薄れるだろ」

「涼磨、1年生は土曜日も授業あるんだよ...」

「えっ?」

思わず驚きの声が出てしまったその瞬間、教室の前のドアがガラガラガラッと音を立てて耳に入ってくる。

「よし、みんないるな?終礼始めるぞー」

驚きの声は先生の一言とともに、変わったその空気に混じり、そのまま消えて言った。


< 10 / 41 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop