見上げてごらん、夜空に輝くあの星を
「これで今日は終わりだ。明日は土曜日だが登校日だから忘れずに来いよ。あ、あと坪倉。放課後職員室に来てくれ」

「あ、はい」

春乃はその声に反応して席を立つ。先生から呼ばれたようだが、部活の件についてだろうか。俺と慎一にごめんというように顔の前に手のひらを垂直に向けながら小走りで教室を出て行く。

終礼が終わる合図だけはこれまで何も聞く耳を持たなかった自分に鮮明に情報として入ってきた。そしてクラスの中は喧騒に包まれ、一人一人思いのままの時間を過ごすようにこれまでの結束が崩れた。中には友人と駄弁る者、せっせと道具を片付けて駆け足で教室を出て行く者、放課後の部活へと向かう者。そしてそれを静かに見つめる俺。前の高校での癖かもしれないが、何かが終わりを告げるとき、その余韻に浸る傾向がある。ただ黄昏れているわけでもなく、息を潜めて周りを警戒しているわけでもない。ただその空間に身をまかせるのだ。

「涼磨、お前はどうするんだ?一緒に帰る、というかどこに住んでるんだ?」

「俺は和田塚駅の側だよ。小学生の時住んでいた家に住んでるんだ」

小学生の時といったが、低学年の頃は両親と一緒に住んでいて、鎌倉に家を構えていた。そのうち転勤が重なり、祖父のところに預けられたのだ。祖父の家は近くにあったが、代々続く名のある家だからなのだろうか立派な屋敷のようなものを構えていた。広い庭があり、幼い頃は良くそこで遊んだものだ。もちろん道場もあり、地域ではかなりの知名度があった、いやある、と言っていい。祖父は2年前に亡くなり、今は祖母が一人で住んでいる。

「そうなのか、俺は海の近くの公園の真裏のところに住んでるんだ」

「ああ、あの公園の近くか。懐かしいな」

春乃とも何度も海へといった記憶もある。親が過保護なせいでそこまで長居はできなかったが。

「で、帰るのか?」

「いや、俺はまだ学校にいることにするわ。まだこの学校のことほとんどわかってないからな」

「そうか、じゃあまた明日な」

「おう、また明日」

そう言って手を振って教室を出ていった。

(さて、どうするかな)

学校に留まる選択肢を選んだが、だからといってやることは思いつかない。窓側は苦手な陽キャのやつらが屯って会話を弾ませているので、わざわざ視界に入ろうと試みる必要などない。とりあえず、廊下に出て窓の外を見ることにした。

外を見てみると、部活始めの運動部がアップでランニングをしていた。

「冬なのに良くやるよ...」

おっさんか、というように高みの見物で目下で活動をしている運動部の様子を見つめてそんな言葉を吐く。

外をずっと見ていてもただ時間が過ぎて行くだけなので、とりあえず最上階である4階へと足を進める。

体育でそこまで足を使ったわけではないはずなのに、階段を昇る足取りは思い。心労だろうか。話は変わるが、この時期に3年生は少ない。これは伝聞だが、金曜日は3年生は全員4限下校で、午後の授業は理系のみだ。もうすぐ自由登校の期間だし、あまり関わる機会はないだろう。よほどの物好きでない限り年が明けてから卒業まで学校にはいない。

ここ、県立湘南鳴風高校は、制服が可愛いということで有名らしい。たしかに見てみると女子生徒が何倍にも映える、などと思ってしまうくらいだ。そのほか、それなりの進学実績を誇り、それなりのスポーツの強さを誇る学校だ。まあ言うとそこそこいい学校というのが世間の評価なのだ。

家から近いだけで文句はない。そういって決めた高校だったが、春乃は地元を離れず結果同じ高校のクラスメイトになった。どんな奇遇なのだろう。

そんなことを考えていると、いつの間にか4階に辿り着き、架空の一段を多く踏み越えていた。

廊下をゆっくりと歩いていると、ドアが全開になって、風がフリーパスで吹き抜ける部屋が視界に入った。

(なんだ...?中から何か音がするぞ?)

訝しげに思い、その中をこっそりと覗いてみる。するとその中には....


体育座りで一人ポツンと椅子に座り、顔を膝と身体の中に入れてうつ伏せている女の子がいた。


(女の子....?)

部室(?)の外を一度見回して見ると、そこにひとの姿らしき影はない。どうにも放って置けない、そう思った俺は話しかけることを決意する。

(こういうの苦手なんだけどな...)

「ねえ君、そんな姿勢でどうしたの?具合でも悪い?」

目の前の女の子はその声に驚いたようにズバッと顔を上げてこちらを見つめてきた。その顔を見ると、目から涙が出てきていた。

「えっ...なに、私?」

制服の袖で目から垂れる涙を拭う。

「そうだけど...大丈夫?」

「大丈夫も何も、落ち込んでなんかないわよ!」

フンっと言うように顔を背けて、そんなことを口走る。

「落ち込んでたのか....」

口から出してしまっている、バレバレじゃないか。

「そもそもアンタ誰よ、見たことないんだけど!」

「ああ、俺は今日転校してきたんだ。ここを通りかかったらドアが全開で君の姿が見えたから....」

「だからなんでもないって。用はそれだけ?気が済んだなら出ていって!」

ああ、これは俗に言うツンデレというべきなのだろうか。デレの部分を見ていないが。

でもどうしてもほって置けない。勇気を振り絞り、その先へと突っ込む。


「俺でよかったら、話を聞くけど」

「だから、大丈夫だって言ってるで「大丈夫じゃないだろ。君のことを放っておけないんだ、話してくれ」

意志の強そうな目をそのまま返す。一歩も引かないと言うように、意志を込めた目を向ける。

「ぐっ....分かったわよ!そこまで言うなら話す!」

そして少女は事の顛末を話し始めた。


話によると、彼女は美術部員で、今年まで3年生が4人いたのだが、2年生は誰も部員がいなくて、一年生は彼女1人のため、先生から廃部を言い渡されたそうだ。

「.........」

「もういいでしょ!話は終わり!出てって!」

「いや、どんな形でもいいから活動を続けたい、そんな気持ちがあるなら俺に出来ることがあるかもしれない」

慎一は、実質3人で1人は幽霊部員だと言っていた。それに関して多少なりとも春乃がそのことが悪いことだと思っているということも。

「ふん、そんなことありやしないわ!」

「君、名前は?」

「琴吹恵理よ」

「じゃあ琴吹、天文部に入る気はないか?」

「それはもはや美術部関係ないじゃない!そんなのごめんよ!」

「部長の坪倉春乃は活動は天文部だけに限らず自由にできると言っていた。だから、俺たちは琴吹が活動できる環境を提供しよう。だから、うちの部に入らないか?」

「......分かったわ。私は絵をかければどこでもいいの。その案に乗らさせて貰うわ」

「そうか!じゃあこれからよろしくな、琴吹!あ、連絡先交換しよう」

「でもあんたは気に入らないわ。とりあえず同じ部のよしみとして、RINEは交換しておくけれど」

RINEは中高生に人気の会話アプリだ。今時の若者の連絡手段はこれが主流になっている。

(なぜか嫌われた....)

若干の心の引っ掛かりを覚えながらも、気にしないようにしようとその場を離れた。





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