見上げてごらん、夜空に輝くあの星を
「涼磨、観測会をやろう!」
唐突にそんな言葉が出たのは、放課後の部室の中だった。週の初め、月曜日。日曜日を挟んで迎えた初の活動日だ。
「は....?それは唐突だな。まだ部も始動したばかりなのに早くないか?」
俺は怪訝に思い、そう問いかける。いつも計画を練ってからしっかりと準備をしつつ行動に移す春乃にしては珍しい。
窓際で絵を描いていた琴吹も、ヘッドホンで音楽を聴きながら本を読んでいた慎一も、同様に怪訝そうな表情を浮かべ、こちらを向く。
「今週末、日曜日!皆既日食が日本で見られるそうなの!しかも皆既日食よ!」
「皆既日食?なんか聞いたことあるようなないような...」
琴吹がいち早くその言葉に反応するが、なんのことかピンと来ていないようだ。
「皆既日食っていうのは、太陽が完全に月に隠れて、空が暗くなる現象のことだ。太陽が月の真後ろにいるように見えるから、リングのように縁が一際明るく光っているように見えるんだよ」
「そう、さすが涼磨!皆既日食なら面倒な準備とか、過度な防寒対策が必要ないから、比較的即席でもできるんだよ!直接見ると目を痛めるから、日食眼鏡っていうのが必要になるんだけど、それは部室に置いてあったから大丈夫!」
後ろで組んでいた腕を前に出すと、その手には日食を観測するためのメガネがあった。
冷え込む冬の夜にやるような天体観測ではなく、気軽に昼間のうちに見る事ができるのだ。月食というのもあるが、あれは夜の時間帯に観ることができる。雲が過ぎ去るのを待ってから、霧が晴れたらなどというように、根を詰めて待つというものでもない。そういった忍耐力はこれから必要になる事なのだが。その分天体観測で必ず付いてくる不思議な緊張感を肌で味わうことができる。その分、運も必要だが。
「なるほど。それは最初の活動としてはとてもいいかもしれないな」
慎一は春乃の言葉を聞いて、頷きながら賛成の意を表する。
「そうね、私もなんだかんだ天文部に入部したわけだし、賛成よ」
「涼磨、どうかな?」
「まぁ、もう答えは出ているだろ。賛成しても反対しようと決定だろ?俺も賛成って事でいいよ」
もう議論の余地はないだろう。俺より知識のない2人が賛成しているんだ。それを遮る道理はない。
スマホの天気予報アプリを見ても、その日は一日晴れの予報だ。冬だということもあるのか、ここ最近は乾燥して雨がほとんど降っていない。
「天気予報も晴れだし、よっぽどのことがない限り観れるんじゃないか?」
俺は見ていたスマホの画面を一同に向ける。
「じゃあ決定ね!皆既日食は、昼過ぎの2時ごろだって予想されてるから、みんな1時に学校に集合して、屋上で見よう!」
慎一も琴吹も大きく頷き、それを見た春乃は俺の顔を伺いつつ、よしっ!という風に頷き返した。
(まったく...天体のことになったら人が変わったように明るくなるんだよなぁ)
はっきり言うと、その嬉しそうな笑顔を見てしまうとしょうがないな、と言う気持ちになってしまう。そんな自分に少し呆れつつも、部室を後にした。
◆
土曜日に2学期の授業が終わった。俺は1週間と少ししか授業を受けていないが、授業といっても前の高校の授業と違いを感じることなんてなかった。あるとすれば、先生が違う、周りの顔が全く違うというくらいだ。しかし、話す相手、部活動というものがあったから、学校生活というものは悪くないなと思い始めていた。土曜日に授業があっても、部活があるから悪い印象はあまりない。
そして日曜日。迎えたその日は朝から快晴の空が広がっていた。俺は手を太陽の光にかざす。冬とは思えないような陽気に感じられるのは日差しのお陰だろう。いつか日なたと日陰の温度は同じで日差しの有無が体感温度を左右している、とかそういう話を聞いたことがあるが、本当なのだろうか。
それはさておき、俺は学校に向かう途中の交差点で慎一と待ち合わせをしていた。比較的狭い道を歩いていると、脇を通る車に反射する光が余計に暖かさを増す。冬にはどれだけ寒くなるのだろうか、これまで毎日味わってきた冬の寒さだが、考えるだけで身震いをする。
「おう」
広い道に出てしばらく歩くと、慎一が手を挙げて近づいて来た。
「おう、待ったか?」
「いや全然。というか寒くないから待ったとしても平気だわ。今日は風もほとんどないからな」
「そう言って急に雲が出てきて寒くなったら笑える」
「おいおい脅してんのか?」
ハハハと笑い合いながら信号を待っていると、行き交っていた車は一斉に止まり、青信号になる。
俺たちは横断歩道を渡りながら、空を見上げる。
「こう見てみるとこの空が真っ暗になるなんて考えられないよな」
湘南だとやはり綺麗に見えるだろうか。
「まぁな。皆既日食なんて俺も初めてだわ。部分は一応見たことある」
部分日食を見たのは、小学校の時のことだ。一応という言葉を頭につけてしまうあたり、まだ引きずっているのかもしれない。
「というか俺が驚いたのは、屋上が解放されているってことだよ。普通の高校じゃまず無い」
「しかも公立だしな。そう考えるとかなり変わってるのかもな、うちの学校」
「確かにな」
そんな話をしているうちに校門が近づいてきた。中に入ると、やはり平日とは違う雰囲気を感じる。人影もまばらだ。
「日曜日くるの始めてだが、あんまり人がいないな」
「いや、そうでもないぞ」
そう言って指差した先には各運動部が練習に精を出していた。
「野球部とサッカー部は今日も練習してるのか...大変だな」
「それだけじゃないぞ、俺らが次学期から使う武道場。あそこでは剣道部、柔道部、拳法部とかが使ってる。体育館ではバスケットボール部、バレーボール部、バドミントン部、卓球部とかは今日も軒並み練習してるさ」
拳法部なんてあるのか.... だから環境が揃ってるから体育科目に組み込めるわけだな。
「運動部なんて高校ではやりたくないな...」
「日曜日が潰れる時点で最悪だわ。タダでさえ土曜日学校あるんだし」
「ほんとそれだわ」
校内に入ると、人影が殆どない。教師陣も今日は休んでいるのか、と一瞬思ったが、そういえば運動部の顧問という仕事があるんだった。確か部活動には残業代は含まれないとか聞いたことあるが、それが本当なら教育の場であるくせしてブラックだ。
屋上に行く方法は至って単純かつ簡単で、4階までの階段のその先へと登るだけだ。とは言いつつ、4階まででも十分キツいのに、その上とか苦行だ。祖父に言ったら情けないと引っ叩かれそうだ。
そして屋上の扉を開けると、低い鉄柵に囲まれた白い床とともに、春乃と琴吹の姿があった。
「遅いわよ、越知!」
なんで俺だけ...という野暮な発言はやめておく。
「もう準備できてるよ。準備って言っても端にあったベンチをここまで持ってきただけだけどね」
「あーすまんすまん。力仕事やらせて」
「こんなことなんてことないよ、気にしないで!」
「で、後どれくらいだ?」
「んー。どうだろ、テレビで言ってたのをそのまま照らし合わせるとあと20分くらいかな」
「おーもうそんな時間か。もうすぐだな」
空を見上げつつ、早く感傷に浸ったように息を吐いた。
唐突にそんな言葉が出たのは、放課後の部室の中だった。週の初め、月曜日。日曜日を挟んで迎えた初の活動日だ。
「は....?それは唐突だな。まだ部も始動したばかりなのに早くないか?」
俺は怪訝に思い、そう問いかける。いつも計画を練ってからしっかりと準備をしつつ行動に移す春乃にしては珍しい。
窓際で絵を描いていた琴吹も、ヘッドホンで音楽を聴きながら本を読んでいた慎一も、同様に怪訝そうな表情を浮かべ、こちらを向く。
「今週末、日曜日!皆既日食が日本で見られるそうなの!しかも皆既日食よ!」
「皆既日食?なんか聞いたことあるようなないような...」
琴吹がいち早くその言葉に反応するが、なんのことかピンと来ていないようだ。
「皆既日食っていうのは、太陽が完全に月に隠れて、空が暗くなる現象のことだ。太陽が月の真後ろにいるように見えるから、リングのように縁が一際明るく光っているように見えるんだよ」
「そう、さすが涼磨!皆既日食なら面倒な準備とか、過度な防寒対策が必要ないから、比較的即席でもできるんだよ!直接見ると目を痛めるから、日食眼鏡っていうのが必要になるんだけど、それは部室に置いてあったから大丈夫!」
後ろで組んでいた腕を前に出すと、その手には日食を観測するためのメガネがあった。
冷え込む冬の夜にやるような天体観測ではなく、気軽に昼間のうちに見る事ができるのだ。月食というのもあるが、あれは夜の時間帯に観ることができる。雲が過ぎ去るのを待ってから、霧が晴れたらなどというように、根を詰めて待つというものでもない。そういった忍耐力はこれから必要になる事なのだが。その分天体観測で必ず付いてくる不思議な緊張感を肌で味わうことができる。その分、運も必要だが。
「なるほど。それは最初の活動としてはとてもいいかもしれないな」
慎一は春乃の言葉を聞いて、頷きながら賛成の意を表する。
「そうね、私もなんだかんだ天文部に入部したわけだし、賛成よ」
「涼磨、どうかな?」
「まぁ、もう答えは出ているだろ。賛成しても反対しようと決定だろ?俺も賛成って事でいいよ」
もう議論の余地はないだろう。俺より知識のない2人が賛成しているんだ。それを遮る道理はない。
スマホの天気予報アプリを見ても、その日は一日晴れの予報だ。冬だということもあるのか、ここ最近は乾燥して雨がほとんど降っていない。
「天気予報も晴れだし、よっぽどのことがない限り観れるんじゃないか?」
俺は見ていたスマホの画面を一同に向ける。
「じゃあ決定ね!皆既日食は、昼過ぎの2時ごろだって予想されてるから、みんな1時に学校に集合して、屋上で見よう!」
慎一も琴吹も大きく頷き、それを見た春乃は俺の顔を伺いつつ、よしっ!という風に頷き返した。
(まったく...天体のことになったら人が変わったように明るくなるんだよなぁ)
はっきり言うと、その嬉しそうな笑顔を見てしまうとしょうがないな、と言う気持ちになってしまう。そんな自分に少し呆れつつも、部室を後にした。
◆
土曜日に2学期の授業が終わった。俺は1週間と少ししか授業を受けていないが、授業といっても前の高校の授業と違いを感じることなんてなかった。あるとすれば、先生が違う、周りの顔が全く違うというくらいだ。しかし、話す相手、部活動というものがあったから、学校生活というものは悪くないなと思い始めていた。土曜日に授業があっても、部活があるから悪い印象はあまりない。
そして日曜日。迎えたその日は朝から快晴の空が広がっていた。俺は手を太陽の光にかざす。冬とは思えないような陽気に感じられるのは日差しのお陰だろう。いつか日なたと日陰の温度は同じで日差しの有無が体感温度を左右している、とかそういう話を聞いたことがあるが、本当なのだろうか。
それはさておき、俺は学校に向かう途中の交差点で慎一と待ち合わせをしていた。比較的狭い道を歩いていると、脇を通る車に反射する光が余計に暖かさを増す。冬にはどれだけ寒くなるのだろうか、これまで毎日味わってきた冬の寒さだが、考えるだけで身震いをする。
「おう」
広い道に出てしばらく歩くと、慎一が手を挙げて近づいて来た。
「おう、待ったか?」
「いや全然。というか寒くないから待ったとしても平気だわ。今日は風もほとんどないからな」
「そう言って急に雲が出てきて寒くなったら笑える」
「おいおい脅してんのか?」
ハハハと笑い合いながら信号を待っていると、行き交っていた車は一斉に止まり、青信号になる。
俺たちは横断歩道を渡りながら、空を見上げる。
「こう見てみるとこの空が真っ暗になるなんて考えられないよな」
湘南だとやはり綺麗に見えるだろうか。
「まぁな。皆既日食なんて俺も初めてだわ。部分は一応見たことある」
部分日食を見たのは、小学校の時のことだ。一応という言葉を頭につけてしまうあたり、まだ引きずっているのかもしれない。
「というか俺が驚いたのは、屋上が解放されているってことだよ。普通の高校じゃまず無い」
「しかも公立だしな。そう考えるとかなり変わってるのかもな、うちの学校」
「確かにな」
そんな話をしているうちに校門が近づいてきた。中に入ると、やはり平日とは違う雰囲気を感じる。人影もまばらだ。
「日曜日くるの始めてだが、あんまり人がいないな」
「いや、そうでもないぞ」
そう言って指差した先には各運動部が練習に精を出していた。
「野球部とサッカー部は今日も練習してるのか...大変だな」
「それだけじゃないぞ、俺らが次学期から使う武道場。あそこでは剣道部、柔道部、拳法部とかが使ってる。体育館ではバスケットボール部、バレーボール部、バドミントン部、卓球部とかは今日も軒並み練習してるさ」
拳法部なんてあるのか.... だから環境が揃ってるから体育科目に組み込めるわけだな。
「運動部なんて高校ではやりたくないな...」
「日曜日が潰れる時点で最悪だわ。タダでさえ土曜日学校あるんだし」
「ほんとそれだわ」
校内に入ると、人影が殆どない。教師陣も今日は休んでいるのか、と一瞬思ったが、そういえば運動部の顧問という仕事があるんだった。確か部活動には残業代は含まれないとか聞いたことあるが、それが本当なら教育の場であるくせしてブラックだ。
屋上に行く方法は至って単純かつ簡単で、4階までの階段のその先へと登るだけだ。とは言いつつ、4階まででも十分キツいのに、その上とか苦行だ。祖父に言ったら情けないと引っ叩かれそうだ。
そして屋上の扉を開けると、低い鉄柵に囲まれた白い床とともに、春乃と琴吹の姿があった。
「遅いわよ、越知!」
なんで俺だけ...という野暮な発言はやめておく。
「もう準備できてるよ。準備って言っても端にあったベンチをここまで持ってきただけだけどね」
「あーすまんすまん。力仕事やらせて」
「こんなことなんてことないよ、気にしないで!」
「で、後どれくらいだ?」
「んー。どうだろ、テレビで言ってたのをそのまま照らし合わせるとあと20分くらいかな」
「おーもうそんな時間か。もうすぐだな」
空を見上げつつ、早く感傷に浸ったように息を吐いた。