見上げてごらん、夜空に輝くあの星を
土曜日に2学期の授業が終わった。俺は1週間と少ししか授業を受けていないが、授業といっても前の高校の授業と違いを感じることなんてなかった。あるとすれば、先生が違う、周りの顔が全く違うというくらいだ。しかし、話す相手、部活動というものがあったから、学校生活というものは悪くないなと思い始めていた。土曜日に授業があっても、部活があるから悪い印象はあまりない。
そして日曜日。迎えたその日は朝から快晴の空が広がっていた。俺は手を太陽の光にかざす。冬とは思えないような陽気に感じられるのは日差しのお陰だろう。いつか日なたと日陰の温度は同じで日差しの有無が体感温度を左右している、とかそういう話を聞いたことがあるが、本当なのだろうか。
それはさておき、俺は学校に向かう途中の交差点で慎一と待ち合わせをしていた。比較的狭い道を歩いていると、脇を通る車に反射する光が余計に暖かさを増す。冬にはどれだけ寒くなるのだろうか、これまで毎日味わってきた冬の寒さだが、考えるだけで身震いをする。
「おう」
広い道に出てしばらく歩くと、慎一が手を挙げて近づいて来た。
「おう、待ったか?」
「いや全然。というか寒くないから待ったとしても平気だわ。今日は風もほとんどないからな」
「そう言って急に雲が出てきて寒くなったら笑える」
「おいおい脅してんのか?」
ハハハと笑い合いながら信号を待っていると、行き交っていた車は一斉に止まり、青信号になる。
俺たちは横断歩道を渡りながら、空を見上げる。
「こう見てみるとこの空が真っ暗になるなんて考えられないよな」
湘南だとやはり綺麗に見えるだろうか。
「まぁな。皆既日食なんて俺も初めてだわ。部分は一応見たことある」
部分日食を見たのは、小学校の時のことだ。一応という言葉を頭につけてしまうあたり、まだ引きずっているのかもしれない。
「というか俺が驚いたのは、屋上が解放されているってことだよ。普通の高校じゃまず無い」
「しかも公立だしな。そう考えるとかなり変わってるのかもな、うちの学校」
「確かにな」
そんな話をしているうちに校門が近づいてきた。中に入ると、やはり平日とは違う雰囲気を感じる。人影もまばらだ。
「日曜日くるの始めてだが、あんまり人がいないな」
「いや、そうでもないぞ」
そう言って指差した先には各運動部が練習に精を出していた。
「野球部とサッカー部は今日も練習してるのか...大変だな」
「それだけじゃないぞ、俺らが次学期から使う武道場。あそこでは剣道部、柔道部、拳法部とかが使ってる。体育館ではバスケットボール部、バレーボール部、バドミントン部、卓球部とかは今日も軒並み練習してるさ」
拳法部なんてあるのか.... だから環境が揃ってるから体育科目に組み込めるわけだな。
「運動部なんて高校ではやりたくないな...」
「日曜日が潰れる時点で最悪だわ。タダでさえ土曜日学校あるんだし」
「ほんとそれだわ」
校内に入ると、人影が殆どない。教師陣も今日は休んでいるのか、と一瞬思ったが、そういえば運動部の顧問という仕事があるんだった。確か部活動には残業代は含まれないとか聞いたことあるが、それが本当なら教育の場であるくせしてブラックだ。
屋上に行く方法は至って単純かつ簡単で、4階までの階段のその先へと登るだけだ。とは言いつつ、4階まででも十分キツいのに、その上とか苦行だ。祖父に言ったら情けないと引っ叩かれそうだ。
そして屋上の扉を開けると、低い鉄柵に囲まれた白い床とともに、春乃と琴吹の姿があった。
「遅いわよ、越知!」
なんで俺だけ...という野暮な発言はやめておく。
「もう準備できてるよ。準備って言っても端にあったベンチをここまで持ってきただけだけどね」
「あーすまんすまん。力仕事やらせて」
「こんなことなんてことないよ、気にしないで!」
「で、後どれくらいだ?」
「んー。どうだろ、テレビで言ってたのをそのまま照らし合わせるとあと20分くらいかな」
「おーもうそんな時間か。もうすぐだな」
空を見上げつつ、早く感傷に浸ったように息を吐いた。
◇
「ほら、始まるよ!」
春乃がその言葉を口から紡ぐと、目に映るのは徐々に欠けていく太陽。空全体が暗くなるように見えるほどの変化を感じることはないが、明らかに太陽が欠けていく様子が見える。
そして、目に映るのは齧られたような違和感に満ちた太陽。徐々に、どんどんとその侵食は大きくなってゆく。
「すごいな....」
慎一の口から思わず溢れる。
横にいる春乃は食い入るようにそれを見つめている。
周りが昼間とは思えない暗さに頭が混乱しているのだろうか、変な感覚だ。
そしてその時間、体感で僅か。現実だと1時間にも及ぶ侵食現象なのだろうが、その異様な光景が時間を短く感じさせる。
固唾を呑んで見守る面々を横目に俺は周りを見渡す。頭上に映る太陽と月のコントラストは、やがて綺麗に重なり、ダイヤモンドのリングとも呼べる、神秘的な様子が目に映った。
「うわぁ....綺麗....」
春乃は食い入るようにその様子を眺め、思わず口からそんな言葉が飛び出した。
ものの数分、されど数分。ダイヤモンドのリングというその的を射た表現に感心する。
太陽と月が重なって空が暗くなり、地平線、そして海の水面が明るく反射する。
(写真でしか見たことはなかったけど、この目で見てみるとすごいな)
俺は心の底からそんな風に感じた。
横で同じように空を見上げる面々をチラリと見ると、その様子は三者三様であった。
慎一は真剣に、その時間を味わうように。
琴吹は目を光らせて感激している。
そして春乃は........
目から涙を流していた。
そんな様子の春乃に驚き、俺は小声で話しかける。
「おい春乃、大丈夫か?」
「えっ、あっ、うん。大丈夫だよ。心配しないで。ただ....」
「ただ?」
「こうやって涼磨と...みんなと...天文部の仲間と一緒にこうやって空を見上げることができるなんて思ってなかったからさ。それが実現したことが、もうそれがたまらなく嬉しくて...嬉しくて...!涙が出てきちゃったんだ」
涙が滴るその目とともに、表情はなんと幸せそうで、そして美しく感じた。
「あっ、涼磨。欠けてきちゃったね...」
「ああ。思うとあっという間だったな」
同じ視界に映る空。先程までぴったりと重なり、幻想的な風景を俺たちに見せていた月と太陽は、徐々に離れて欠け始めた。
俺はふと春乃を見ると、その顔は寂しそうな、哀感漂うそんな表情だった。もしかしたら俺もそんな顔になっているかもしれない。琴吹も、慎一も。
「ねえ涼磨、どうだった?」
そんな漠然とした問いかけ。
「本当に凄かったよ、正直思った以上だった」
ただそんな単純明快な回答。しかし。その言葉に含まれる意味はそんな一言で表せるような、いや、言葉に表せるものではなかった。
「良かった。涼磨にそう思ってもらえて、良かった」
その笑顔が、涙の跡が残る目と徐々に明るくなりつつ空と相まって、不覚にも見とれてしまう。
「ま、まぁ久しぶりだったけど、こういうのも悪くないな」
照れ臭くなって目線をそらしてしまう。
その空気に焦燥感のようなものを感じ、その先にいた慎一に話しかける。
「おい慎一、どうだった?」
「マジで良かったわ。すごく短く感じた」
同じように言葉に表せないように感じたのかもしれない。あれほど食い入るほど見ていたのだから。それは琴吹も同じだっただろう。
「まあ観測会っていうのも悪くないわね!」
そんな琴吹の何気ない一言がまた春乃を刺激していく。
「ほんと...ほんとありがとうねぇ...喜んでもらえるなんて正直思っていなかったから...そんな風に言ってもらえるのが本当に嬉しいんだよ」
そう言って琴吹に抱きつく春乃の目からは再び涙が溢れていた。
「また今度、観測会...やろうね!」
顔をバッとあげて俺たちにそう言う。
「おう、またやろう!」
「うん、やろう!」
そして俺は深く頷き、再び春乃の顔を見つめ、笑みを浮かべた。
こうして観測会は成功、そして真に天文部が始動することとなった。
そして日曜日。迎えたその日は朝から快晴の空が広がっていた。俺は手を太陽の光にかざす。冬とは思えないような陽気に感じられるのは日差しのお陰だろう。いつか日なたと日陰の温度は同じで日差しの有無が体感温度を左右している、とかそういう話を聞いたことがあるが、本当なのだろうか。
それはさておき、俺は学校に向かう途中の交差点で慎一と待ち合わせをしていた。比較的狭い道を歩いていると、脇を通る車に反射する光が余計に暖かさを増す。冬にはどれだけ寒くなるのだろうか、これまで毎日味わってきた冬の寒さだが、考えるだけで身震いをする。
「おう」
広い道に出てしばらく歩くと、慎一が手を挙げて近づいて来た。
「おう、待ったか?」
「いや全然。というか寒くないから待ったとしても平気だわ。今日は風もほとんどないからな」
「そう言って急に雲が出てきて寒くなったら笑える」
「おいおい脅してんのか?」
ハハハと笑い合いながら信号を待っていると、行き交っていた車は一斉に止まり、青信号になる。
俺たちは横断歩道を渡りながら、空を見上げる。
「こう見てみるとこの空が真っ暗になるなんて考えられないよな」
湘南だとやはり綺麗に見えるだろうか。
「まぁな。皆既日食なんて俺も初めてだわ。部分は一応見たことある」
部分日食を見たのは、小学校の時のことだ。一応という言葉を頭につけてしまうあたり、まだ引きずっているのかもしれない。
「というか俺が驚いたのは、屋上が解放されているってことだよ。普通の高校じゃまず無い」
「しかも公立だしな。そう考えるとかなり変わってるのかもな、うちの学校」
「確かにな」
そんな話をしているうちに校門が近づいてきた。中に入ると、やはり平日とは違う雰囲気を感じる。人影もまばらだ。
「日曜日くるの始めてだが、あんまり人がいないな」
「いや、そうでもないぞ」
そう言って指差した先には各運動部が練習に精を出していた。
「野球部とサッカー部は今日も練習してるのか...大変だな」
「それだけじゃないぞ、俺らが次学期から使う武道場。あそこでは剣道部、柔道部、拳法部とかが使ってる。体育館ではバスケットボール部、バレーボール部、バドミントン部、卓球部とかは今日も軒並み練習してるさ」
拳法部なんてあるのか.... だから環境が揃ってるから体育科目に組み込めるわけだな。
「運動部なんて高校ではやりたくないな...」
「日曜日が潰れる時点で最悪だわ。タダでさえ土曜日学校あるんだし」
「ほんとそれだわ」
校内に入ると、人影が殆どない。教師陣も今日は休んでいるのか、と一瞬思ったが、そういえば運動部の顧問という仕事があるんだった。確か部活動には残業代は含まれないとか聞いたことあるが、それが本当なら教育の場であるくせしてブラックだ。
屋上に行く方法は至って単純かつ簡単で、4階までの階段のその先へと登るだけだ。とは言いつつ、4階まででも十分キツいのに、その上とか苦行だ。祖父に言ったら情けないと引っ叩かれそうだ。
そして屋上の扉を開けると、低い鉄柵に囲まれた白い床とともに、春乃と琴吹の姿があった。
「遅いわよ、越知!」
なんで俺だけ...という野暮な発言はやめておく。
「もう準備できてるよ。準備って言っても端にあったベンチをここまで持ってきただけだけどね」
「あーすまんすまん。力仕事やらせて」
「こんなことなんてことないよ、気にしないで!」
「で、後どれくらいだ?」
「んー。どうだろ、テレビで言ってたのをそのまま照らし合わせるとあと20分くらいかな」
「おーもうそんな時間か。もうすぐだな」
空を見上げつつ、早く感傷に浸ったように息を吐いた。
◇
「ほら、始まるよ!」
春乃がその言葉を口から紡ぐと、目に映るのは徐々に欠けていく太陽。空全体が暗くなるように見えるほどの変化を感じることはないが、明らかに太陽が欠けていく様子が見える。
そして、目に映るのは齧られたような違和感に満ちた太陽。徐々に、どんどんとその侵食は大きくなってゆく。
「すごいな....」
慎一の口から思わず溢れる。
横にいる春乃は食い入るようにそれを見つめている。
周りが昼間とは思えない暗さに頭が混乱しているのだろうか、変な感覚だ。
そしてその時間、体感で僅か。現実だと1時間にも及ぶ侵食現象なのだろうが、その異様な光景が時間を短く感じさせる。
固唾を呑んで見守る面々を横目に俺は周りを見渡す。頭上に映る太陽と月のコントラストは、やがて綺麗に重なり、ダイヤモンドのリングとも呼べる、神秘的な様子が目に映った。
「うわぁ....綺麗....」
春乃は食い入るようにその様子を眺め、思わず口からそんな言葉が飛び出した。
ものの数分、されど数分。ダイヤモンドのリングというその的を射た表現に感心する。
太陽と月が重なって空が暗くなり、地平線、そして海の水面が明るく反射する。
(写真でしか見たことはなかったけど、この目で見てみるとすごいな)
俺は心の底からそんな風に感じた。
横で同じように空を見上げる面々をチラリと見ると、その様子は三者三様であった。
慎一は真剣に、その時間を味わうように。
琴吹は目を光らせて感激している。
そして春乃は........
目から涙を流していた。
そんな様子の春乃に驚き、俺は小声で話しかける。
「おい春乃、大丈夫か?」
「えっ、あっ、うん。大丈夫だよ。心配しないで。ただ....」
「ただ?」
「こうやって涼磨と...みんなと...天文部の仲間と一緒にこうやって空を見上げることができるなんて思ってなかったからさ。それが実現したことが、もうそれがたまらなく嬉しくて...嬉しくて...!涙が出てきちゃったんだ」
涙が滴るその目とともに、表情はなんと幸せそうで、そして美しく感じた。
「あっ、涼磨。欠けてきちゃったね...」
「ああ。思うとあっという間だったな」
同じ視界に映る空。先程までぴったりと重なり、幻想的な風景を俺たちに見せていた月と太陽は、徐々に離れて欠け始めた。
俺はふと春乃を見ると、その顔は寂しそうな、哀感漂うそんな表情だった。もしかしたら俺もそんな顔になっているかもしれない。琴吹も、慎一も。
「ねえ涼磨、どうだった?」
そんな漠然とした問いかけ。
「本当に凄かったよ、正直思った以上だった」
ただそんな単純明快な回答。しかし。その言葉に含まれる意味はそんな一言で表せるような、いや、言葉に表せるものではなかった。
「良かった。涼磨にそう思ってもらえて、良かった」
その笑顔が、涙の跡が残る目と徐々に明るくなりつつ空と相まって、不覚にも見とれてしまう。
「ま、まぁ久しぶりだったけど、こういうのも悪くないな」
照れ臭くなって目線をそらしてしまう。
その空気に焦燥感のようなものを感じ、その先にいた慎一に話しかける。
「おい慎一、どうだった?」
「マジで良かったわ。すごく短く感じた」
同じように言葉に表せないように感じたのかもしれない。あれほど食い入るほど見ていたのだから。それは琴吹も同じだっただろう。
「まあ観測会っていうのも悪くないわね!」
そんな琴吹の何気ない一言がまた春乃を刺激していく。
「ほんと...ほんとありがとうねぇ...喜んでもらえるなんて正直思っていなかったから...そんな風に言ってもらえるのが本当に嬉しいんだよ」
そう言って琴吹に抱きつく春乃の目からは再び涙が溢れていた。
「また今度、観測会...やろうね!」
顔をバッとあげて俺たちにそう言う。
「おう、またやろう!」
「うん、やろう!」
そして俺は深く頷き、再び春乃の顔を見つめ、笑みを浮かべた。
こうして観測会は成功、そして真に天文部が始動することとなった。